例えば、地場の医療技術企業ミレックサス(MiRXES)は、シンガポール科学技術研究庁(A*Star)とタントックセン病院(TTSH)がわずか3週間程度で開発した診断検査キットを大量生産している。
このキットは、これまでタントックセン病院で検査された全ての陽性サンプルを検出できている点で、100%の臨床的感度を備えている。検査結果は約90分で判明する。
ミレックサスの投資家で取締役を兼務するアイザック・ホー(Isaac Ho)氏は、このキットを最も優れた診断検査キットとと言い、ビジネスタイムス紙に対して、同社は毎週10万件の検査を行うことができ、さらに週30万件を超える水準まで、生産のスケールアップを図っているところだと述べている。
この検査は、10カ国以上で、シンガポールの病院の80%で実施される。
同社がシンガポール内外のニーズ充足に向け、このキットの生産規模を迅速にスケールアップできる能力の決め手は、世界最大のポリメラーゼ連鎖反応(PCR)ラボの一つと、さまざまな生産施設を所有していることにある。
その他、今回のグローバル危機で頭角を現したシンガポール企業としては、ベレダス・ラボラトリーズ(Veredus Laboratories)、バイオリディクス(Biolidics)、アキュメン・リサーチ・ラボラトリーズ(Acumen Research Laboratories)が挙げられる。また、デュークNUS医学大学(Duke-NUS Medical School)の研究者チームは 多種多様なウイルス検査キットを開発している。
ディープテック・ベンチャーに投資しているヘリタス・キャピタル・マネジメント(Heritas Capital Management)の最高経営責任者を務めるチク・ワイチュー(Chik Wai Chiew)氏は、これによって、シンガポールにはすでに、ディープテック・ソリューションを迅速にスケールアップできるインフラが整備されていることが明らかになったと述べている。
同氏によると、ラボの構築が進むとともに、ソリューションの迅速な試作、製造および普及を行うための装置も導入されている。
さらに、官民が連携するためのエコシステムも十分に成熟を遂げている。
同氏は、研究機関が以前から、実世界の問題を解決するために、資金を集めながら、領域を超えた協業を行ってきたことを指摘している。
例えば、シンガポールに本社を置くAIスタートアップのシックスエステーツ(6Estates)は、AI搭載のCTスキャン診断補助プラットフォームを開発した。同社は、シンガポール国立大学と中国の精華大学による共同研究センター「NExT++」からスピンアウトで設立された。
精華大学の卒業生が率いるチームが医療関連の知識と主要領域のノウハウを提供する形で、同社はそのディープラーニングとニューラルネットワークを2カ月足らずで適応させ、AI搭載プラットフォームに患者の肺へのウイルス感染の兆候を認識させる訓練を施せるようになった。
胸部CTスキャンは現在、新型コロナウイルスの新たな診断ツールではないが、同社の最高経営責任者を務めるルアン・フアンボ(Luan Huanbo)博士によると、このAIプラットフォームが画期的なのは、200枚の画像からなる1回のスキャンをわずか10秒と、熟練放射線医の30倍の速さで読み取って処理できる点にある。プラットフォームの平均的診断確度は84.7%である。
「このソリューションは、検査キットの入手が困難か、信頼度が低い問題に直面しながらも、CTスキャナは簡単に利用できる国や医療機関にとって特に有用といえる。」と同博士は述べた。
現状においてイノベーションが急速に進んでいる背景には「flatten the curve(感染者数のピークを抑えること)」が緊急に必要とされているという事情がある。健康や病気にまつわる状況の分布、パターンおよび要因の調査と分析において、流行曲線とは、一定期間に予測される新規患者数を描出したものを指す。
Flatten the curveという考え方には、新規感染者の発生数をさらに長期にわたって遅らせることにより、人々のケアに対するアクセスを改善し、医療システムの崩壊を防ぐという意味がある。
業界関係者の中には、これまで何年もかかっていた規制プロセスが一気に進展し、当局も新たな動きを受け入れやすくなったと指摘する向きもある。
シンガポールに本社を置くエスコアスター(Esco Aster)は、同国と米国にある他企業と共同で、新型コロナウイルス向けのハイブリッドワクチンを開発している。
最高経営責任者のリン・シャンリャン(Lin Xiangliang)氏は、さまざまな政府の支援を受けながら、通常は数年かかる可能性もある開発を加速したいと語っている。
同氏によると、ライフサイエンス企業エスコグループ(Esco Group)で医薬品受託製造開発(CDMO)を担当する同社は、共同開発者と密接に連携しながら、妊娠検査薬のように、自宅でも使えるシンプルで効果的な検査キットの提供を目指している。
同社は1カ月足らずで、検査ブースや移動式臨床診断ラボのほか、新型コロナウイルス用の臨時隔離室など、関連の感染防止装置の開発と構築を終えた。
デジタル療法のスタートアップであるバイオフォーミス(Biofourmis)は、わずか10日で自社のバイオバイタルズ・センティネル(Biovitals Sentinel)プラットフォームをカスタマイズし、新型コロナウイルス感染者の症状悪化を検知できるようにした。
患者がバイオセンサーを腕に着けるだけで、感染を示す可能性のある生理的変化が分かるようになっている。これによって、医療専門家が早期に治療にかかることも可能になる。
シンガポールで設立された医療技術スタートアップの同社は、3週間足らずでこれを実用化し、米国やオーストラリア、香港、英国にも展開している。
バイオフォーミスに投資しているEDBIの最高経営責任者兼社長チュー・スイヨック(Chu Swee Yeok)氏は、次のように語っている。「今回の危機で、ディープテック企業が技術の適応と動員を図っている様子は心強いものであり、私たちとしても、最終的な復興を視野に入れながら、このような将来性のある会社にもっと投資をしてゆこうと考えている。」
ディープテックにはしばしば、具体的な機材や専門的なスキル、インフラが基本要素として必要になる。業界関係者の指摘によると、ディープテックそれ自体にもさまざまな分野があり、それぞれに異なる固有の人材やスキルセットが必要となる。
しかし、この事例が示すように、隣接領域の企業の中には、目下共通の敵である新型コロナウイルスに対して、それぞれのコア技術の使用を修正、適応させる向きが見られる。
人材投資会社アントレプレナー・ファースト・シンガポール(Entrepreneur First Singapore)で統括マネジャーを務めるバーナデット・チョー(Bernadette Cho)氏はこうした起業家を、コミュニティに奉仕するため、大量の勢力を注ぎ込み、素早く仕事を片付ける創設者として評価している。
「こうした寛大な精神と奉仕の心を、私たちはもっと応援すべきである。」
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