サプライチェーンの回復力強化の取り組み
シンガポールはパンデミック下においても、早い段階からサプライチェーンの回復力を見せている。その理由の一つが、シンガポールを拠点に周辺の諸国にある製造拠点との連携体制だ。その代表的な地域がマレーシアのジョホールバルやインドネシアのバタム島との連携である。この2カ所はシンガポールとも距離が近く、製造拠点を分散させることによってロックダウンにおけるサプライチェーンの分断リスク軽減をもたらしている。こうした連携は以前から行われていたが、シンガポールは新型コロナウイルス拡大によって明確になった現在のグローバルサプライチェーンの弱点を克服するため、周辺国との新たなアライアンスを発表している。それが2021年2月3日に発表された東南アジア製造アライアンス(Southeast Asia Manufacturing Alliance:通称SMA)の立ち上げだ。東南アジア製造アライアンスはシンガポール経済開発庁(以下、EDB)とエンタープライズシンガポール(ESG)、インドネシアやベトナム、マレーシアなどの工業団地運営会社とのアライアンス協定で、シンガポールに拠点を置く企業に対して、その周辺国での製造拠点の展開とアクセスを可能にし、双方の拠点のシナジーを活かせるさまざまな支援を行う取り組みである。今回提携された工業団地の運営会社は、東南アジア最大級の不動産開発会社キャピタランドに加え、セムコープ・デベロップメント、ギャラント・ベンチャーの3社である。この3社はいずれもシンガポール企業で、他国に製造拠点を設ける場合にも、シンガポール企業がサポートする形になる。キャピタランドは、シンガポールの北部の国境を接するマレーシア南部ジョホール州で工業団地「ヌサジャヤ・テック・パーク(NTP)」を運営しており、セムコープとギャラントはインドネシアやベトナムなどで工業団地を運営している。今回のアライアンスで提携される工業団地の数は10カ所以上にも上る。
シンガポールと周辺国のシナジーを活かす連携
このアライアンスの目的の一つがサプライチェーンの回復力の強化にあるが、参加する企業にはどのようなメリットがあるのだろうか。第一が供給元である製造工場を複数持つことによって、ロックダウンなどの非常時における供給遅れをなくすことができる。シンガポールとこの協定に参加しているマレーシア、インドネシア、ベトナムは距離が近く相互に連携することで物流的なメリットも得やすい。マレーシアのジョホールバルはジョホール海峡をはさんでシンガポールのすぐ対岸にあり、インドネシアのバタム島はシンガポールの南海岸から約20キロの距離にあり数十分でアクセス可能だ。例えばマレーシアのイスカンダルにあるキャピタランドが所有する工業団地ヌサジャヤテクノロジーパークに進出する企業には、さまざまなサポートが提供される。ロジスティクスサービスの特別価格での利用や、マレーシアで事業を設立する際の無料相談サービスの提供、サプライヤーの選定やマッチングサービスなどだ。同時にシンガポールのソリューションプロバイダーによるインダストリー4.0パイロット実装の促進とサポートとシンガポールで行われるイノベーション活動のサポートなども得ることができる。こうした相互の恩恵とシナジーが得られることから、ヌサジャヤテックパークに存在する企業の85%がシンガポールと双方に拠点を持っている。この双方のメリットが活かされるアライアンスについてEDB長官であるBeh Swan Gin博士は、次のように述べている。「東南アジアは、サプライチェーンの回復力を強化し、単一ソースへの依存度を下げたいと考えている企業にとって理想的な製造拠点です。東南アジア製造アライアンスは、メーカーが、参加する工業団地やそれぞれのエコシステムの利点や強みを知ることを容易にし、企業がそこに事業所を設立するためのプロセスを簡素化します」。
次世代製造技術でサプライチェーンを強化
このアライアンスで特長的なのがシンガポールの役割である。上記のヌサジャヤテクノロジーパークとの連携では、シンガポールで得られるサポートとしてインダストリー4.0への支援とイノベーション活動だが、これは次世代製造技術の導入を推進することでサプライチェーンの回復力を強化することが狙いである。とりわけ製造業のデジタル化ではインダストリー4.0が代表的だ。AIやIoT、ロボティクスやアディティブ・マニュファクチャリングなどの次世代製造技術が実装されたスマートファクトリーでは生産全体が効率化され、オンデマンドで無駄のない生産サイクルを実現することができる。シンガポールではこのインダストリー4.0を実装するための拠点としてジュロン・イノベーション・ディストリクト(JID)が存在し、EDBやシンガポール科学技術研究庁(A*STAR)や南洋理工大学(NTU)、企業が中心となって開発と実践を行っている。中でも東南アジア製造アライアンスでは、ソリューションプロバイダーといわれる自動化の推進がサポートされる。具体的には金属3Dプリンティングなどを中心にしたアディティブ・マニュファクチャリングの実装で、DMG森精機やソディック、シマノなどの企業から導入に向けたサポートが受けられる。例えばアディティブ・マニュファクチャリングが工場に導入されれば、仮にロックダウンなどでパーツの調達が難しくなった場合でも、現地でオンデマンドで3Dプリントができる。またJIDでは次世代製造技術を学べるトレーニングアカデミーも設けられており、デジタルを中心にした新たなスキルを習得した人材育成もできる。
既にシンガポールに拠点を構える製造業の中にはデジタル化と多拠点展開している企業も登場している。例えばSEIKOやシークスといった日本企業はシンガポールと周辺のマレーシアのジョホールバル、インドネシアのバタム島などの製造拠点と連携しサプライチェーンの強化に取り組んでいる。この東南アジア製造アライアンスができたことでデジタル化と複数拠点化によるサプライチェーンの強化の動きはますます強まっていくだろう。