障壁を打ち破るために
日本は、世界で最も研究開発にお金をかけている国の一つです。2016年度では、GDPの約3%に当たる18兆9千億円を投資しています。しかし、その研究開発予算は、2001年から横ばいのままです。加えて、2017年度には、国立大学の助成金が、2004年比10%減となり、正職員の削減も行われました。その苦境の中においてさえ、資金調達は最も少なくなってきているのです。
オープン・サイエンスが科学研究の世界的なトレンドとなっている現代、日本は、シンガポールのような革新的な経済開放を行う国のように、根強い国内主義を抜け出す必要があります。OECDは2015年度の報告書において、日本に「グローバル・イノベーション・ネットワーク」への参入を促しています。2014年の日本の研究開発費のうち、国外から調達された割合は、わずか0.4%でした。日本に移住した科学者の割合は、OECD加盟の35カ国の中で最も低く、その結果、学術論文の国際共著や共同特許取得は非常に低いレベルにあります。
こうした状況の最も大きな要因は、文化的なものかもしれません。「階級社会」的な日本の制度において、大半の科学者の立場や職位は、上長の教授が、知り合いとの共同作業を好む傾向が強いという理由だけで、口頭で決まることが多いのです。海外留学した若い日本人科学者たちも、人脈がないかぎり、組織に再び入ることが難しい場合も多いのです。また、日本は、研究を行うために必要なものはすべて日本で手に入る、という日本特有の社会常識に長期間直面しています。このように、たいていの日本の若者は、あえて海外留学する「必要性」を感じていないため、異なる研究環境において、世界の他の最高峰の研究者と共に働く機会を逃している可能性があるのです。
2009年、Nistepは、2002年から2006年にかけて、日本で博士号を取得した60,535名の日本人のうち、博士号取得後、または他の機会に、海外に行ったのは、わずか2%に過ぎないことを報告しました。これは、日本の外国人留学生の数と同様に低い数値です。2016年のNISTEPレポートでは、世界の外国人留学生の4%が日本に来ていることを明らかにしましたが、この数値は、他の研究大国と比較すると相対的に低い数値です。アメリカは、外国人留学生の数が最も多く、24%を占めています。次に多いのがイギリス(13%)、フランス(7%)そしてドイツ(6%)です。日本人科学者が海外経験をもっと得ることは重要ですが、その一方で、海外の優秀な科学者を日本国内に惹きつけるための環境を築くことも同じように重要です。しかし、これを実現するには大きな壁があります。オハイオ州立大学で日本の科学および高等教育の歴史を専門とするJames R. Bartholomew教授は、日本の科学の成長にとって「唯一かつ最大の課題」は、言語にあると語っています。例えば、一部の補助金申請は、日本語でのみしか提出できません。また、理研の研究責任者は、行政との会合において、通訳によって内容は理解することができますが、協議されている自分の研究にどのような影響があるのかといったニュアンスを捉えることができないと記述しています。
ダイバーシティ(多様性)とコラボレーション(共同研究)
シンガポールは、アジアの国として、最適な教訓を提供しています。文部科学省が発表している2016年の第5期科学技術基本計画では、日本を「世界で最もイノベーションに適した国」とすることを目指しています。報告書では、日本の科学技術は、「我が国の国境に限定されているために、その潜在能力を発揮できていない」と認めています。同時に、こうした状況を打開するための優先事項を提案しています。例えば、知的専門家をより多く育て、確保するための、オープン・サイエンスの促進や、多様性やキャリアモビリティを促進するために、科学、テクノロジー、イノベーションの取組に対する「基本」を強化すること、更に、国内外の問題に取り組むための国際共同研究を構築することなどです。
まず初めに、コミュニケーションに対する最も基本的なハードルに対処することが、日本政府の最優先事項です。既に日本は、英語の資料を出版したり、科学文献の事実上の言語として英語を強固なものにするなど、海外の学者や留学生に更に役に立つような内部制度に改革しています。また、新しい知識や価値を生むためには、「多様な専門分野の人々を結集してチームを構成し、行動することがますます重要である」と認めています。
次のステップは、自国の科学的専門知識を補完するために、より多様な科学コミュニティを構築することです。世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)や、イノベーションの芽を育む個人型研究のプログラム「さきがけ」のような取り組みは、一定数の世界トップレベルの海外研究者を雇用する試みとして導入されました。また、日本の大学は、より多くの若手研究者や外国人研究者を雇用し、更なる国際的な視野を持つように促されています。例えば、2011年に開設された沖縄科学技術大学院大学は、教員と学生の50%を外国人にすることが定められており、世界的な科学者を惹きつける先駆的な役割を果たしています。また、科学技術の発展や資金調達において、指導的な役割を果たす文部科学省の交換留学プログラムに基づき、数年間で3万人以上の国際的な研究者を招いています。更に、より多くの現地の研究者が、海外で長期間研究を続けられるための取り組みも行われました。こうした取り組みによって、日本は、移民規制を緩和し、熟練の専門家を永住者として迎え入れるスピードを上げ、最大限の成果を挙げるために注力しています。