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シンガポールの国家AI戦略

シンガポールの国家AI戦略

世界的に感染が拡大する新型コロナウィルス。そんな新型コロナウィルスとの闘いに人工知能(AI)を使ったさまざまな取り組みがシンガポールで行われている。例えば、シンガポールのAIスタートアップBot MDが提供する臨床アプリは今や52か国以上で13,000人の医師によって使用されている。

Conceptual image of artificial intelligence (AI) technology. A person is typing on a laptop keyboard, with a glowing circular "AI" icon at the center, surrounded by interconnected digital icons representing various AI applications like data analysis, robotics, cloud computing, cybersecurity, and smart devices. The overall tone is futuristic with blue and purple hues.

このAIアプリは、さまざまなソースから膨大な量の臨床情報のコンテンツを抽出し、より素早く臨床し判断を下すことができる。また、タントックセン病院(TTSH)では、AIが病院の状況、ベッドの空き具合や医療従事者の過不足などを分析し、感染拡大が起きる前にリソースをより適切に割り当てる方法を通知してくれる対策をとっている。さらに、シンガポールの医療系スタートアップKroniKareは、AIを使用して群衆の中で発熱している人々を発見するiThermoと呼ばれるソリューションを開発している。これはサングラス、サージカルマスク、ヘッドギアを着用していても機能する。このようにAIが感染拡大と医療提供の支援など、さまざまな局面で稼働し始めているが、シンガポールは今、国家レベルでAIに取り組んでいる状況だ。2019年には国家AI戦略(National AI Strategy)を発表し重点分野におけるAIの実用化と東南アジアにおけるAI研究開発のハブとなることを目指している。本日はシンガポールのAI事情をご紹介しよう。
 

国家AI戦略(National AI Strategy)とは

シンガポールが掲げる国家AI戦略(National AI Strategy)とは輸送・ロジスティクス、スマートシティと不動産、ヘルスケア、教育、安全とセキュリティといった5大分野において国家レベルでAI化を実現しようというものだ。AIの実用化は2030年を目標にしていくが、この壮大なプロジェクトでは、政府や企業、大学、研究機関などさまざまなプレイヤーが参加することができる。またAIでビジネスを変革したい企業は会社の規模に関係なく、さまざまなAIテクノロジーのリソースに参加が可能だ。例えばSMEs Go Digitalでは、中小企業がAIによるデジタル化によって社内のビジネスを変革させるサポートプログラムである。また、100 Experiments(100E)では、AIによって課題解決を行う企業に対してAIエンジニアリングチームの組織を支援している。具体的にはシンガポールの大学とシンガポール科学技術研究庁(以下、A * STAR)の主任研究者を紹介し資金援助も行う。またAIテクノロジーを導入したい企業へのフレームワークも提供されている。Tech DepotはA * STARや、情報通信メディア開発局(IMDA)、エンタープライズシンガポール(ESG)が開発した「すぐに使える」AIソリューションにアクセス可能で、自社のビジネスに導入し生産性の向上や新たなビジネスの展開に利用が可能だ。
 

AI開発のエコシステム

こうしたAI開発とAI導入支援に加え、シンガポールではAI開発のエコシステムが作られている。このエコシステムでは企業がシンガポールでAIソリューションを研究、開発、展開するために機会が得られる。例えばSG:D Sparkプログラムではシンガポールを拠点にAIを行うスタートアップを支援するプログラムで、政府からの助成金や各業界とのパートナーシップ、人材紹介や顧客開拓などスタートアップが成長し拡大していくための環境が整っている。また、シンガポール科学技術研究庁(以下、A * STAR)との共同研究開発も魅力の一つだ。エンジニアリングや製造、ヘルスケア、セキュリティ、教育、金融、輸送など幅広い分野においてAIによるソリューションの共同開発を行うことができる。さらに特許取得のための加速プログラムSG Patent Fast Trackプログラムが用意されており、AIに関する発明の特許取得が最短6カ月まで早めることができる。
 

スタートアップや大手企業がAI開発で進出

こうしたAI開発のエコシステムが整っている環境から、多くのAI開発を行う企業がシンガポールに進出を行っている。そこでは大手企業からスタートアップまでさまざまだ。例えばビルおよび自動車業界に多様なテクノロジーを提供するグローバル企業ジョンソンコントロールズは、シンガポール経済開発庁(EDB)と協力して5000万ドルのAIイノベーションラボを設立した。このラボは2020年9月にオープンしており、「建物、空間、行動のデータと分析および機械学習を融合させるデジタル技術」を開発すると発表している。また、日本の企業もAI開発を目的にさまざまな形でシンガポールに進出している。楽天はシンガポールに拠点を置くAI企業「スクリーム・テクノロジーズ」と共同で、AIによる行動パターン分析に基づいたマーケティングソリューションを提供する新会社楽天スクリームを設立した。さらに楽天は人工知能による画像解析を提供するスタートアップViSenze に楽天ベンチャーズを通じて投資している。楽天以外でもシンガポールのAIベンチャーに出資する動きが出ている。朝日放送グループのベンチャーキャピタル「ABCドリームベンチャーズ株式会社」はシンガポールのAIテクノロジー企業Sentient.ioに投資している。Sentient.ioはAIを活用したアプリケーション制作をアシストするAI・データプラットフォームサービスを提供しており、これまでA * STARの商業化部門A * ccelerateなどからも出資を受けている。
 

AI人材開発も

このようにAI開発とAIへの投資が加速する中、それに対応した人材開発も大きな柱の一つだ。AIシンガポールのタレントプログラムでは、さまざまな学習プログラムが用意されており、9カ月のフルタイムの実習生としてAIエンジニアとAIメンターの元、ディープスキルを習得することができる。さらにICTの専門家を育てるTechSkills Accelerator(TeSA)など、デジタルテクノロジーに精通した人材開発プログラムによって、AI研究開発を担う人材を提供しようとしている。

シンガポールはAIに関する人、企業、研究機関、政府が一体となることで研究開発やケーススタディが生み出されるエコシステムを構築しつつある。それにより世界各国からAI開発の投資が集まり、シンガポールをテストベッドにして実用化され他国へと広がりを見せていく。経済や社会を変革するイノベーションがシンガポールから起きようとしている。

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