—ASEANはこの50年、安定的に経済成長を続けてきました。2030 年には日本の GDP を超えるという予測もあるほどの経済力で、今後の世界経済を牽引するとして注目されています。そんな“成長センター”ASEANの発展に、日本はこれまでどのように寄与してきたのでしょうか。
平林 まず、ASEANがASEANとして魅力を持ち続けるためには、「中心性」「一体性」「連結性」が不可欠だといわれています。中心性とは、ASEANが地域協力枠組みの中心になるという意味で、一体性とは、ASEAN地域以外の国に結束して対応するという考え方。連結性は、インフラなど物理的、貿易など制度的、また教育・文化など人的な結びつきを指します。
このうち中心性と一体性について、日本は外交努力でASEANを支えてきたと思います。「東アジア首脳会議(EAS)」「ASEAN地域フォーラム(ARF)」「拡大ASEAN国防相会議(ADMMプラス)」など、地域の平和を保つための多国間の枠組みに積極的に参加し、安全保障面での協力強化に取り組んできました。
日本はこれまで、ASEANが自身で地域の意見をまとめられるように、陰でサポートしてきました。そうした日本の外交は世界からも高く評価されています。
もう一つの連結性に関して日本は、政府開発援助(ODA)により貢献してきたと思います。ASEANに対するODAは1970〜1990年ごろ重点的に実施され、道路や橋、港、空港、発電所といったインフラ整備が中心でした。そして、それによりビジネス環境が整うなどODAが呼び水となり、民間投資が促進された結果、ASEANの経済は発展してきたのです。
—井上さんが長く勤めた清水建設は、民間企業としてASEANの発展を支えてきたことになります。
井上 私が勤めていた清水建設をはじめ多くの建設会社はASEAN諸国の発展のためにインフラ整備や都市開発に関わってきました。
例えば、シンガポールの独立当時課題であった住宅不足を解消するためには、住宅を高層化する必要がありました。1974年から当地で事業展開していた清水建設は住宅開発庁(HDB)による公営住宅の開発に参画しました。プレキャスト工場を設立し、シンガポールの高層住宅に適応したプレキャストを開発、供給するのみならず普及に関わる技術指導まで行い、課題であった住宅の安定的供給に貢献しました。
—日本とシンガポールのつながりを中心に、ASEANの経済全体が花開いていった面があるのですね。
井上 以前は西洋や日本の経済モデルが世界に影響を与えてきましたが、今後はシンガポールのような多民族社会のマネジメントを新たなモデルとして取り入れていく必要があるでしょう。両国が協力してアジアからの国際的なルールづくりに貢献し、未来対応のスキル形成をしていく必要があります。未来を創るためには、人の教育や研究・新事業開発への取り組みが欠かせず、日本も真摯にこれらに取り組む必要があります。
平林 シンガポールは企業の経済活動を支える優遇制度がしっかりしているので、企業も、高度人材も集まりやすいですよね。
そしてもう一つ、日本とシンガポールは貿易の面でも、ASEANに影響を与えてきました。日本が最初に経済連携協定を結んだ相手国はシンガポールです。その「日・シンガポール経済連携協定」により関税が削減、撤廃され、貿易自由化の良い面、悪い面を示した功績は大きかったと思います。
—その結果、ASEANの多くの国が、経済成長のためにも貿易は重要だと捉えるようになったということですね。そうして2020年には、ASEAN諸国に日本、中国、韓国、オーストラリア、ニュージーランドを加えた自由貿易の枠組み「地域的な包括的経済連携(RCEP)協定」が正式に署名されました。
井上 今後、市場アクセス改善やルール整備を通じて、公正かつ開かれた経済秩序を築き、日・ASEAN全体で産業界の競争力が向上することを期待しています。
平林 RCEPが日本、ASEANに大きな経済効果をもたらすことは間違いありません。日本アセアンセンターとしては、輸出競争力が高い企業だけでなく、中小も含めた幅広い企業が自由貿易の恩恵にあずかれるよう支援をしていきたいです。
—では、日本とASEANの共栄に向けて、今後日本とシンガポールはどう協力していくべきだと思いますか。
井上 ASEANの「中心性」と「一体性」の強化のために、日本とシンガポールが果たす役割は重要です。
特に、ポストコロナ時代に向けて不確実性の高い国内外の危機に柔軟に対応できるレジリエントな社会を構築し、持続可能かつ社会全体のウェルビーイングを高めることが求められています。
現在、各国が直面している共通の課題として、持続可能な開発目標(SDGs)の達成が重要視されています。その中でも、代替エネルギーの利用が注目されており、ASEANは2050年までに再生可能エネルギーの比率を31%に引き上げることを目指しています。これらの課題に対処するためには、ASEAN各国と50年以上にわたって培ってきた「信頼」に基づく官民連携が不可欠です。
シンガポールは、「シンガポール・グリーンプラン 2030」を政府方針とし、南洋理工大学(NTU)に設立されたEnergy Research Institute(ERI@N)がクリーンエネルギー研究の中心となり、セマカウ島では東南アジア最大のエネルギー実験場として機能しており、南洋理工大学を中心に日本を含む世界中の企業が参加し、太陽光、風力、潮流、ディーゼル、蓄電などの代替エネルギーに関する開発とテストが進行しています。この取り組みはSDGsの達成に向け、地域全体のエネルギー課題への有益な貢献となることが期待されます。
平林 環境問題に取り組まないという選択肢はありませんよね。問題の解決には、若い人のアイデアが欠かせません。いまお話にあったように、シンガポールは研究開発のエコシステムが発達しているので、日本の若い人がシンガポールで研究をすれば、よりイノベーティブなアイデアが生かされていくのではないでしょうか。
井上 そうですね。ASEANにおいて人材が交流する機会を増やしていくことが必要だと感じています。人的ネットワークを構築していくことは、架け橋としての役割を担う日本シンガポール協会の活動の一環です。日本に滞在しているシンガポール人の組織SAiJ(Singapore Association in Japan:在日シンガポール人会)やSGN(Singapore Global Network)との交流を深め、ビジネスのみならず文化面など、幅広く価値を共有できるパートナーを増やしていければと考えています。
日本とASEANは50年にわたり、相互尊重、文化交流、経済協力による絆を深めてきました。これからもますます協力し、ともに発展していくことが期待されます。