産業の進化
シンガポールの地場産業は、運用コストの高騰と人材の逼迫を受け、インダストリー4.0の導入が不可欠であることを理解しています。技術・エンジニアリング企業である当社も、10年以上前に航空宇宙事業「Aerobook」においてワークフローのデジタル化を開始しました。当社の変革は、ビジネスケースが明確になった場合にだけ拡張現実/仮想現実(AR/VR)やロボット工学などの先進技術を導入するという進化的なものでした。また、価値提案を再定義すべく、デジタル化プロセスにおける顧客参加とモバイルインターフェース、ARを介したエンジニアとメカニック間のやり取り向上による修理時間の短縮、付加製造による所要時間の短縮と航空機部品の在庫の最小化など、その他の可能性も具現化しました。これにより、現在までに生産性が最大15%改善されています。当社の事業はこれに留まらず、航空機検査におけるドローンの使用の認証にも取り組んでいます。航空機検査においてドローンが使用可能になると、効率が向上し職場事故を最小限に抑えることができます。航空宇宙事業の例では、当社の技術的進歩は、シンガポール、ドイツ、米国など高コスト地域での運用において生産性と効率を向上させ、品質および価値における競争に優位な差別化要因を拡大するという長年の目標によって促進されています。このように、ビジネスリーダーはビジネスケースを特定し、優先順位を付けることが必要です。
変革における課題
シンガポール政府のインダストリー4.0に対する支援は充実しています。2018年3月、シンガポール経済開発庁(EDB)は、さまざまな産業の中小企業(SMEs)、大手現地企業(LLEs)、多国籍企業(MNCs)の産業変革を加速させるために、スマートインダストリー準備指標を使い、政府負担で300社を調査することを発表しました。多くの人材移転プログラムも実施していビジネスリーダーは実践重視のままであり、変革の前進が見られるのは強力な推進要因がある場合のみとなるでしょう。また多くの企業はデジタル化への取り組みを開始しても、すぐに価値を見出すことができる場合にのみ投資を行うと考えられます。共にパネリストを務めたインドネシアのアイルランガ・ハルタルト(Airlangga Hartarto)工業相は、インダストリー4.0の展開計画のもと、何百万人ものインドネシア人の人材がデジタルリテラシーを習得するための訓練が必要となるだろうと述べました。また別のパネリストであるドイツPepperl + FuchsのCEO、ギュンター・ケーゲル(Gunther Kegel)博士は、同社は人材の準備に数百時間を費やしてきたと語りました。さらに、変革への賛同を得られたとしても、コンピュータ支援からコンピュータ主導のプロセスへと変更し、過去20年間行ってきた仕事の取り組み方を変える必要があると語りました。しかし、シンガポールのチャン・チュンシン(Chan Chun Sing)通商産業相がパネルディスカッションで指摘したように、多くの企業は技術の適用段階で「立ち往生してしまい」、再構築の段階である「ステージ3に行くことはない」というのが実情です。同相は技術産業における普及、適用、再構築、真の変革の4つの段階を挙げ、技術を単に応用するだけでは、「現在のプロセスを機械化、自動化、デジタル化」するだけであり、真の変革につながらないとする見解を示しました。組織を変革するためには、リーダーとスタッフ双方の考え方の転換が必要です。コー・ポークン(Koh Poh Koon)通商産業省上級国務相がITAPで述べたように、インダストリー4.0の成功に不可欠なのは「ワーカー4.0」です。まず、管理者と社員はどの技術が必要なのかを常に実用的に考えた上で、より戦略的かつ未来志向の視点に立ち、インダストリー4.0がもたらす可能性とビジネスにおける最善の活用方法について検討する必要があります。ビジネスと経済の成長につなげることが必要であり、技術のために技術を追求すべきではます。政府が時間と資源を投資して産業の変革に取り組む一方で、ありません。成功事例が増えれば、導入率の向上が期待できます。ビジネスケースが明確であると、導入率の向上はさらに加速するでしょう。上級幹部には、障壁や抵抗を乗り越えて変革の実現を推進するために、トップダウンのアプローチを取ることが求められます。
人材の準備
またチャン通商産業相は、学習サイクルを短縮させる必要性も指摘しました。人材を量産するための訓練校システムを使用した従来のモデルは、今後のニーズに対応していくためには遅過ぎます。さらに同相は、基礎の習得では従来の学習システムを活用しつつ、最先端の知識習得法については企業において繰り返し実験を行うことで習熟する必要があると語っています。私は同相の意見に賛成です。パネルディスカッションでも述べたように、組織は高等教育機関(IHLs)によるインダストリー4.0に通じた人材の開発を歓迎するでしょう。学位コースに加えて、自律システム、ロボット工学、データ分析、サイバーセキュリティなどのオンデマンドのマイクロラーニングモジュールも提供する必要があります。これらは企業、政府機関、IHLsが連携して共同開発することができる分野です。当社はインダストリー4.0に向けて人材の訓練および再訓練について多面的なアプローチを行っています。上位100名に選ばれた管理者はデータ分析とサイバーセキュリティに関する幹部向けワークショップに参加し、上層部から率先して考え方を転換するよう推進しています。またエンジニアには専門領域をさらに強化するためのコースの受講を課しています。たとえば、これまでに70名のエンジニアが、サイバーセキュリティの専門学校であるサイバーセキュリティアカデミーで訓練を受けました。また、350名のエンジニアがロボット工学とデジタル化の技術コースに参加しました。このコースは、シンガポールポリテクニックとの戦略的パートナーシップにより、当社の要望を取り入れたデジタル変換・ロボットコースが設置されたことで実現したものです。さらに今後1年半にわたり、シンガポール国立大学において専用のデータ分析プログラムでの訓練を社員1,000名に提供するための準備を進めています。また、データ分析やサイバーセキュリティなどの分野で深い能力を開発するとともに、製品とソリューションの差別化を図るために当社全体のサポートを提供する戦略的技術センターを立ち上げました。内部ですべての能力を構築することはできないことも認識し、コーポレートラボ、企業ベンチャー、オープンイノベーションラボを通して、外部の技術パートナーやIHLsと広く連携していきます。
ビジネス変革に向けた準備
インダストリー4.0は、多くの組織にとって大きな変化です。ビジネスリーダーは、技術的進歩を真の変革のための基盤として、ビジネスモデルとプロセスを再定義・再構築する準備ができているでしょうか。国や組織レベルでのプラットフォームやインフラストラクチャの整備において変革への推進力が十分ではない場合、おそらく競合他社に取り残されてしまうでしょう。
出典: シンガポールプレスホールディングス(SPH)