バイオ医薬品製造の産業開発に重点を置くシンガポールには、世界のバイオ医薬品主要企業の多くが地域統括本部を設置し、優れたエコシステムが構築されている。武田薬品工業もそんなシンガポールに進出する一社だが、グローバル企業である武田薬品工業がシンガポールを選んだ理由とは何か。生産拠点設置の魅力や、武田薬品工業のこれまでのシンガポールでの活動についてタケダ・マニュファクチャリング・シンガポール工場長のジョージ・ラム(George Lam)氏が紹介する(2021年10月15日開催のEDBウェビナー:「新たな成長機会を創出するシンガポールのバイオ・医薬品エコシステム」より)。
シンガポールのバイオ医薬品生産拠点としての魅力
イノベーション創出に立脚し、研究開発に力を注ぐバイオ医薬品大手の武田薬品工業は、約60年前からアジア太平洋地域に進出し、世界80カ国以上に拠点を持つグローバル企業だ。
そんな武田薬品工業は、2008年にシンガポール北部ウッドランズ地区に、総床面積14,428㎡にも及ぶバイオロジクス製造工場を設置し、そこで世界の患者に提供される血友病治療薬の中間品(リコンビナントタンパク質)を製造している。
しかし武田薬品工業はなぜ、日本からそう遠くないシンガポールにわざわざ生産拠点を設けたのか。その理由についてジョージ・ラム氏はこう説明する。 「グローバルに活動する武田薬品工業のような企業にとって、サプライチェーンの強靱さは重要です。すべての生産拠点を1カ所、1地域にまとめるより、分散しているほうがサプライチェーンの分断に対応しやすくなります。現在は諸外国がエネルギー危機に見舞われていて、労働者不足も問題になっており、その観点からも、ダイバーシティは重要です。また、シンガポールにはハブ空港があるなど、アジア各地とのアクセスが良く、そこも魅力に感じています。」
ゼロ・エネルギー・ビル建設へのEDBの支援
そうした必要性からもシンガポールでビジネスを展開してきた武田薬品工業だが、「シンガポール政府とも良い関係を築き、これまで活動はスムーズだった」とジョージ・ラム氏は話す。そして、「シンガポール政府はビジネスへの理解が非常に深く、積極的にサポートしてくれます。これまでシンガポール経済開発庁(EDB)をはじめいろいろな省庁に、研究開発や人材確保の問題などについて相談して助けてもらいました」と振り返る。
シンガポール政府の外国企業へのサポートとしては、まず、ビジネスを支援する多くの助成金や税制優遇措置を提供している。
最近では武田薬品工業が、ゼロ・エネルギー・ビル建設のため、ウッドランズ地区の拠点を拡大する際に、外国企業の誘致を担う政府機関EDBが、バイオなどの産業に特化した工業団地や施設を運営する政府機関のJTCコーポレーションとともに、その用地の確保を支援した。ゼロ・エネルギー・ビルとはエネルギー消費量を実質ゼロにすることを目指すもので、その建設は、武田薬品工業にとって初の取り組みであるとともに、このビルは、環境に配慮した建物に関するシンガポール政府の認証に沿った初めての建物でもある。
次に人材について、ジョージ・ラム氏は「シンガポールには熟練した労働者が多く、優秀な人材を確保できます」と話す。もともと、シンガポールと日本の文化は似ているため、シンガポールの人材はコンプライアンスに対応しやすく、規制の厳しい製薬業界に適している。それに加えて、世界的な一流大学や高等教育機関のポリテクニックもあり、高学歴で熟練した人材が輩出。ワークフォース・シンガポール(WSG)も人材を育成するためのトレーニングプログラムを展開するなどサポートしているため、優秀な人材が豊富なのである。
パートナーとの良好な連携がビジネスにプラスに
さらに、ジョージ・ラム氏はこんな利点もあると言う。「シンガポールの製薬業界では、シンガポールに拠点を置く製薬企業間や研究機関との連携が盛んで、コミュニティは民間系に加え政府系のものもあります。武田薬品工業の場合だと、EDBに適切なパートナー選びについて助言をもらい、『Bio PIPS』や『BMAC』に参加しています。」
Bio PIPS(バイオ・ファーマ・イノベーション・プログラム)で武田薬品工業は、シンガポールの科学技術研究の中核を担う政府機関であるシンガポール科学技術研究庁(A*STAR)や、シンガポールに拠点を置くバイオ医薬品大手をパートナーに、バイオ医薬品製造の非競争領域において、生産性と業務効率を向上させるための共通の課題に取り組んでいる。
一方、世界的なバイオ医薬品企業16社で構成される協議会のBMAC(バイオファーマシューティカル・マニュファクチャラーズ・アドバイザリー・カウンシル)でも、人材や技術、サステナビリティ、インフラといった非競争領域で協力。この1年は、人材を集める目的で製薬業界の活動を紹介するバーチャルイベントや、今後10年間で100万本を目指す大規模な植林活動も行われた。
そうした、武田薬品工業をはじめとする外国企業のシンガポール生産拠点を取り巻く環境について、ジョージ・ラム氏は「シンガポールは、パートナー企業と連携が取りやすくなっていて、政府のサポートも厚い。さらに優秀な人材も確保でき、それらがシンガポールに生産拠点を設置する大きな利点だと思っています」と強調した。