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シンガポールの産業動向とバイオ医薬品エコシステムの展望

シンガポールの産業動向とバイオ医薬品エコシステムの展望

小さな都市国家だからこそ、高い技術を持つ人材を集め、官民一体となりイノベーションエコシステムの構築に尽力してきた——そんなシンガポールは、どういった政策により世界をリードするバイオ医薬品産業のハブへと成長を遂げたのか。そして、シンガポールのエコシステムは、拠点を置く企業がビジネスを展開するにあたり、具体的にどういった価値を提供するのか。シンガポール経済開発庁(EDB)のタン・コンフイ(Tan Kong Hwee)副次官が解説する(2021年10月15日開催のEDBウェビナー:「新たな成長機会を創出するシンガポールのバイオ・医薬品エコシステム」より)。


バイオメディカルサイエンスのハブとしてのシンガポール

シンガポールには現在、世界市場への供給を目的とするバイオ医薬品関連の製造プラントが60カ所以上、研究開発拠点が30カ所以上立ち並ぶ。バイオ医薬品企業専用の工業団地「トゥアス・バイオメディカル・パーク」や、研究開発地区「サイエンスパーク」「バイオポリス」が整備されている。さらには、大手企業や金融機関が集まる「セントラル・ビジネス地区(CBD)」も形成され、優れたバイオ医薬品エコシステムが築かれている。

「バイオ医薬品主要企業80社以上がシンガポールに地域統括本部を置き、中小企業やスタートアップも多数拠点を設置しています。それぞれが製造、研究開発、地域統括本部機能を含めた幅広いバリューチェーン活動を展開して、活気づいています。」

タン・コンフイ氏がそう話す通り、事実、シンガポール経済へのバイオ医薬品産業の貢献度は大きい。シンガポールの国内総生産(GDP)における産業別構成比は、製造業が21.5%と最も高い比率で、その製造業の産業別内訳でバイオ医薬品製造はトップ3に入り、2020年の就業者数は8,500人、生産高は160億SGD(約1.3兆円)にもなる状況だ。

そのように、シンガポールにバイオ医薬品企業が集中し、産業が発展してきた背景について、タン・コンフイ氏は「英語を話せる人材が優位に確保でき、アジア市場に成長のポテンシャルがあるから」と説明。さらに、「我々としてもこの20年間は特に、バイオ医薬品製造の産業開発に重点を置いてきました」とEDBの政策について語る。

バイオ医薬品製造施設誘致のためのEDBの4つの戦略

EDBの産業開発では、「テクノロジー」「マンパワー」「インフラ」「ビジネス環境」の4つの戦略を柱に、バイオ医薬品企業の製造施設の誘致にとりわけ力が注がれてきた。

テクノロジー開発では、プロセス革新の加速や、新たな製造技術の開発に取り組み、例えば、2017年には官民連携コンソーシアムとして「シンガポール医薬品イノベーションプログラム(PIPS)」を立ち上げた。これには公的研究機関と民間企業が参加し、化学合成で作られる従来の医薬品である低分子医薬品向けの次世代型製造技術を開発してきた。

「次の国家的優先課題は、バイオ医薬品を含む細胞・遺伝子治療のような新しい治療法の製造能力の強化です。PIPSは、生物学的製剤(バイオ医薬品)に向けたプログラム『Biologics PIPS』に拡大されていますし、2019年3月には細胞・遺伝子治療に関する3つの製造技術研究プログラムに8,000万SGD(約65億円)が投入されました。」(タン・コンフイ氏)

マンパワー開発では、企業の雇用と人材育成のニーズを支援するため、研修プログラムに投資。これまでに500人以上の職業従事者に研修を提供してきた。

インフラ整備については、細胞・遺伝子治療の既存の処理施設を、「シンガポール先端細胞治療研究所(ACTRIS)」に集約する計画で、2023年には運用開始予定だ。ACTRISは企業がプラグ・アンド・プレイ方式ですぐに使える施設で、活用により企業の先行設備投資のリスクが軽減されるうえ、開発のスピードを速められるとして期待が集まっている。

また、ビジネス環境の整備では、外国企業の活動に有利な税制や知的財産の保護制度を整えるなど、ビジネスに優しい環境を提供することが意識されてきた。

 

拡大を続けるバイオ医薬品関連の研究への投資

そうしたバイオ医薬品製造の産業開発に並び、シンガポールはバイオメディカルサイエンスの研究とイノベーションにも注力してきた。公的投資は過去20年間増え続けており、2021年から2025年の間には、250億SGD(約2兆円)を超える予算が投入される見込みである。

その結果、シンガポールには研究開発エコシステムが形成され、いまやシンガポールに拠点を置く外国企業は、自社でゼロから研究開発能力を構築する必要がなくなっている。つまり、コミュニティに参加してパートナーと連携すれば、情報共有を含むインフラが活用でき、薬剤開発が迅速に進められるということだ。

「中外製薬はシンガポールで企業内に研究開発ラボを設けたうえで、シンガポール科学技術研究庁(A*STAR)の免疫学ネットワーク(SIgN)と連携しており、それも一つの例です。シンガポールには、外国企業が参加できるそうした柔軟なパートナーシップモデルが数多くあります。」(タン・コンフイ氏)

そんなシンガポールの研究開発エコシステムは、新型コロナウイルスへの取り組みにも生かされている。例えば、デューク・シンガポール国立大学医科大学院と米国に本拠を置くバイオテクノロジーグループのGenScript、A*STARは、新型コロナウイルスの抗体を1時間で検出する世界初の血清検査を開発した。

一方で、バイオ医薬品製造業の成長と拡大は、コロナ禍でも継続。シンガポールのバイオ医薬品業界の現状について、タン・コンフイ氏は「今年9月、武田薬品工業は画期的なゼロ・エネルギー・ビル建設に着工しました。これはシンガポールのバイオ医薬品業界として初の快挙で、EDBも協力しています」と、武田薬品工業の活動を例に挙げて報告したうえで、「EDBはいつでもあなたのパートナーとして、製造、研究開発、商業活動のすべての計画をサポートします」と力を込めて語りかけた。

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