こういった国内企業のエコシステムは、ほかにも成功を収めている。消費者向けインターネットサービス会社、Seaの株価上昇率は世界一となり、知的財産の検索・分析サービスを手掛けるPatSnapはシンガポール発の新たなユニコーンになり、企業向けソフトウェアのスタートアップ企業、TradeGeckoは米大手のIntuitに8,000万米ドル以上で売却された。
20年前、シンガポールのスタートアップ企業の状況は、シリコンバレーと比べるとゴーストタウン状態であった。一体、何が変わったのだろうか。
起業家育成 ~Where art thou, entrepreneur~
米国のドットコムブームのシンガポール版を作ることに大きな可能性を見出した政府は1999年、実績の高いVCファンドマネージャーを誘引するために10億USD(約1,100億円)を投入すると発表した。当時、シンガポールは研究ハブを拡大中で、海外直接投資を多様化したいと考えていた。また、新たなアイデアの恩恵を享受できる産業があった。
しかし、即席の「シリコンバレー」の期待はあっという間に打ち砕かれた。2013年のストレーツタイムズ紙の解説によると、400億USD(約4兆3,800億円)以上のプライベートエクイティファンドが政府の施策を通して創出されたが、国内に投資されたのは2%に満たなかった。
「そのアイデアに時代が追いつかなかったのだろう。」と語るのは、国内企業の成長支援を行う政府機関、シンガポール企業庁(ESG)でアシスタントチーフエグゼクティブを務めるエドウィン・チャウ(Edwin Chow)氏。「この国に足りないのはよい投資先を発掘できるVCなのだと、政府は考えていた。」
しかし本当の問題は、誰も起業家になりたくないことであった。2000年、Global Entrepreneurship Monitorの調査によると、近年、自らの新事業を始めたか運営に関与した人は国内の成人人口の2.1%に過ぎなかった。
2003年には、少なくとも5人の国会議員が、起業家精神の醸成を阻む最大の要因として「Uターン禁止症候群(NUTS)」を挙げた。
「NUTS」は、Creative Technologyの共同創立者、シム・ウォンフー(Sim Wong Hoo)氏による造語で、1999年の同氏の著書の中で使われた。他の国では「Uターン禁止」の標識がない限り、ドライバーは自由にUターンできるが、幼い頃から指示に従うように教えられているシンガポールでは逆に「Uターン許可」の標識がなければUターンができない。明白な許可のない物事を行うのを恐れるシンガポール人気質を、同氏はこのルールに重ねて表現した。
確固たる起業家を生み出すための取り組みは、少しずつではあるが確実に進み、大きな変化をもたらした。「起業家精神のためのアクションコミュニティ」など、この精神を広める施策が始動した。
大きなうねりを起こそうと、シンガポール国立大学(NUS)は学生たちを世界各地の企業でインターンシップを経験できるプログラムを導入した。それが後に、Carousell、ShopBackをはじめとする国内有数の消費者向けアプリの誕生につながった。