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シンガポール、エネルギー・化学産業を変革中

シンガポール、エネルギー・化学産業を変革中

シンガポールは、その予測可能性と安定性、強力な知的財産制度、充実したサプライチェーン(供給網)・貿易網の提供で、スペシャリティケミカル(特殊化学)、バイオエコノミー<sup>1</sup>、持続可能燃料分野への投資誘致を継続する。

How Singapore is transforming its energy and chemicals sector masthead image

シンガポールのエネルギー・化学産業は、国内製造業の中でも2番目に大きな分野で、長らくシンガポール経済の根幹を支えてきた。現在世界の化学企業大手のうち、100社以上がシンガポールで業務を行っている。

アジアの中心に位置するシンガポールは、石油化学製品製造と貿易の鍵となるハブとしての地位を確立した。しかし世界情勢の変化で、エネルギー・化学産業は競争力と持続可能性を維持するため、大きな変革が迫られている。 
 

EDB Lim Wey-Len is giving his speech

シンガポール経済開発庁(EDB)のリム・ウェイレン(Lim Wey-Len)副次官は先頃開催された世界石油化学会議(World Petrochemicals Conference)で、シンガポールのエネルギー・化学産業の競争力を維持する戦略の重要な側面について触れた。
 

―シンガポールのエネルギー・化学産業の発展戦略の方向性に影響する世界の動きとは

リム:アジア全域でインフラと消費市場を支える化学製品への需要は依然として強く、この活力ある地域の中心に位置するシンガポールは、各市場への玄関口としての役割を果たしています。

シンガポールは、主要貿易相手国との間で広範な自由貿易協定(FTA)ネットワークを構築しており、ほぼ関税がかからない状態を維持しています。特に地域的な包括的経済連携協定(RCEP)は、ASEANと中国、日本、オーストラリアなどを結び付け、シンガポールを拠点とする企業に広大な経済圏を提供しています。 

ここ数年、世界の石油化学産業は、供給能力過剰による長期的な下降局面にありました。シンガポールではこの状況に対応するため、進出中の石油化学企業と協力しながら、業務の効率化、スペシャリティケミカルなど高付加価値製品への移行、バイオエコノミー分野の発展を進めています。 

シンガポールは、石油精製・石油化学分野で培った経験と、持続可能性、イノベーションスペシャリティケミカル製造などの将来を見据えた戦略を組み合わせ、変化する世界情勢の中での存在感維持を図っています。 
 

スペシャリティケミカルに注力 

―シンガポールはなぜスペシャリティケミカルに注力するのか。 

リム:過去10年間で、シンガポールのスペシャリティケミカル部門は着実に成長を続け、現在ではエネルギー・化学産業全体の生産高の約20%を占めるまでになっています。世界的に見ると、この部門は今後5年間で見込まれる年平均成長率(CAGR)が4.4%で、化学産業全体の1.5%を大きく上回っています。 

スペシャリティケミカル分野において、私たちは「栄養・農業」「衛生・健康」「エレクトロニクスや半導体を含めたスマートマテリアルとモビリティ」「持続可能性―特にバイオテクノロジー、バイオ関連、生分解性材料」の4つの重点分野を重要な成長トレンドとして特定しています。 

例えば、サウジアラビアの石油化学大手サウジ基礎産業公社(SABIC)は、1億7000万米ドル(約250億円)規模の先進的なスペシャリティケミカル製造施設をシンガポールに設立しました。その背景には、シンガポールの強固な知的財産保護制度や、物流・貿易における優れた接続性があります。 
 

バイオエコノミーの新興市場 

―バイオエコノミーの現状は。 

リム:世界的なエネルギー転換に伴い、エネルギー・化学産業も、持続可能な製品への市場が拡大しています。グリーンケミカル市場の世界規模は2030年までに2000億米ドルに達すると予測され、2025~35年にかけての年平均成長率は7.7%と見込まれています。これは、持続可能な製造業への移行の一環として、シンガポールが持つ産業バイオテクノロジーの能力をさらに高めることにもつながります。 

すでに複数の企業がバイオ関連事業を当地に展開しています。例えば、仏アルケマは、ヒマシ油の原料トウゴマを原材料とした高性能ポリマーの主力製品の製造を開始しました。また、中国のスタートアップ(新興企業)、モージア・バイオ(摩珈生物)は最近、環境に優しいバイオベース分子の製造を目指す次世代の持続可能なバイオマニュファクチャリング・プラットフォームの開発で、科学技術研究庁(A*STAR)と4480万シンガポールドル(約52億円)規模の提携を発表しています。 

これらの進展を支えるため、シンガポールには国立工学生物学センター(NCEB: National Centre for Engineering Biology)、シンガポール統合バイオシステム・工学研究所(SIBER: Singapore Integrative Biosystems and Engineering Research)、シンガポール合成生物学コンソーシアム(SINERGY: Singapore Consortium for Synthetic Biology)といった研究機関提携先があります。

シンガポールは、持続可能な化学製品の製造拠点としての地位を確立するため、企業との協力に全力で取り組んでいます。シンガポールで事業を展開する企業は、アジアのバイオ原料や原材料調達に加え、域内からの低炭素電力輸入によるグリーン電力や淡水の供給、排水処理能力といった利点を活用できます。 
 

エネルギー転換に関する新たな可能性 

―エネルギー転換にどのような新たな可能性を見出しているか。 

リム:エネルギー転換は、シンガポールの成長を牽引する要因です。規制や消費者の好みの変化を背景に、代替的で持続可能な製品の市場は拡大を続けています。 

例えば、持続可能な航空燃料(SAF)の使用を促進するため、欧州連合、英国、そしてアジア太平洋地域では日本、タイ、シンガポールなどが、2030年までにSAFの混合率を最大10%とすることを目標とする規制を発表しています。 

フィンランドの再生燃料製造ネステはすでに、世界最大のSAFプラントを含む「シンガポール製油所・イノベーションセンター」を設立しています。独化学企業エボニックもアジア市場向けに、バイオディーゼル製造に使用されるアルコキシド触媒の新製造施設を建設中です。 

カーボンニュートラル(温室効果ガス排出量実質ゼロ)に向け、私たちは世界の動向や脱炭素技術の開発スピードを注意深く見守っています。 
 


ジュロン島の現状と展望 

―ジュロン島とは何か。シンガポールはどのように開発を進めているのか。

リム:シンガポール西部のジュロン島は、総合エネルギー・化学ハブとして、100社以上のエネルギー・化学企業が拠点を構えています。2021年、私たちは持続可能なエネルギー・化学ハブへの転換を目指し、「持続可能なジュロン島(Sustainable Jurong Island)戦略」を打ち出しました。ジュロン島の企業は、持続可能な業務と世界向けの持続可能製品の製造を行うだけでなく、新しいイノベーションの実証実験や試験も実施しています。 
 

 


Footnote: 

[1] バイオテクノロジーやバイオマスを活用し、環境・食料・健康などの諸問題の解決、サーキュラーエコノミーと持続可能な経済成長の実現を可能にすると期待されている。(日本政府内閣府ウェブサイトバイオエコノミー戦略 - 科学技術・イノベーション - 内閣府より)

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