シンガポール経済開発庁(EDB)のプン・チョンブーン長官は、知識・イノベーションに重点を置き、低炭素経済への移行方針に沿った、高成長分野への投資を引き続き誘致すると述べた。
プン長官は「高度な技能を必要とする良質な雇用を創造し、地域や国際的な責任を伴い、企業が従業員の訓練や能力開発を特に重視する分野への高付加価値投資誘致に的を絞っている」と語った。
対象分野は、精密医療、AI、持続可能製品やサービスなどの新たな成長分野のほか、航空宇宙、半導体、バイオ医薬品、医療技術(メドテック)、スペシャリティケミカル(特殊化学)などだ。
現在、シンガポールのカーボンクレジット取引所や関連サービス企業数は、21年から倍増の150社だ。
シンガポールは、再生エネルギーやバイオエコノミーの他にも、低炭素技術も積極的に検討している。
フィンランドのバイオ燃料企業ネステは、シンガポールに生産能力で世界最大の持続可能な航空燃料(SAF)製造拠点を構えている。石油メジャーのエクソンモービルとシェルは、国内脱炭素化を推進するため越境炭素回収・貯留ハブを開発中だ。
経済発展を進める「頭脳」
技術革新と研究開発推進は、各産業に共通するテーマだ。シンガポールは過去5年、毎年国内総生産(GDP)の1%に相当する約280億シンガポールドル(以下ドル、約3兆2700億円)を研究開発分野の強化や企業の技術革新拠点拡大支援に拠出してきた。
プン長官によると、EDBの役割は企業進出支援にとどまらない。EDBは、企業の東南アジアでの事業拡大を、シンガポール地元企業や取引先との提携促進から、域内拡大を検討するため最適なパートナーとの結びつけまで、全ての段階で支援するという。
プン長官は「EDBは、ある程度の規模に達した進出企業に、地域統括拠点や研究中核拠点(センター・オブ・エクセレンス、CoE)の設立を奨励している。そうすることで高価値業務がシンガポールに根付き、高賃金の雇用を生み出す」と付け加えた。
人材開発省(MOM)が2024年9月に発表した第2四半期労働市場報告によると、外国資本企業は全体の約20%だが、高賃金の国民・永住者の60%を雇用している。MOMによると、月収総額が1万2500ドル以上を超え、所得分布の上位10%に該当する労働者層の大部分は外資系企業勤務だという。
シンガポールの中核を強化
現在、世界の半導体生産の約10%、半導体装置生産の約20%がシンガポールで行われている。医薬業界では、世界の製薬会社トップ10のうち8社が、シンガポールで製造や研究開発を行っている。
EDBは現在、シンガポールの年間GDPの35%以上を占める製造業と貿易サービス業分野を管轄している。うち製造業だけでもGDPの約20%に上る。
シンガポールは、製造業の付加価値を2030年までに50%引き上げる目標を掲げている。多様な製造業を維持し、専門的な能力を持つ企業を誘致することで、シンガポールがグローバル・バリューチェーンにとって必要不可欠な一部でありつづけることを目指す。
デジタルトランスフォーメーションによって生産性と持続可能性に優れた成果を達成した企業を認定する、世界経済フォーラム(WEF)のグローバル・ライトハウス・ネットワークに加盟する世界トップクラスの先進製造業のうち、コカ・コーラや独半導体大手インフィニオン・テクノロジーズなど5社がシンガポールに拠点を構えている。
航空宇宙業界では、ロールス・ロイスやプラット・アンド・ホイットニーが業務を拡大している。シンガポールには130社以上の航空宇宙企業が拠点を置き、世界の航空機保守・修理・整備(MRO)業務の10%を占め、アジア太平洋地域の主要航空宇宙ハブとなった。
域内ハブとなるシンガポールの努力は、他分野でも成果も上げている。
25年初め、アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)と独化学企業ミュンジング(Munzing)はシンガポールにそれぞれアジア太平洋地域統括本部を設立した。AWSはソフトウェア・エンジニアリングチームの拡大、ミュンジングは地元研究開発への投資計画を進めている。
5月には調査会社StartupBlinkが発表した「2025年世界スタートアップ・エコシステム指数」で、シンガポールは118の国と地域の中で、イスラエル、英国、米国に次いで4位にランクインした。
プン長官は「シンガポールの強みを活かし、他国には代替困難で、将来にわたって世界経済に不可欠な存在でありつづけるため、グローバル・バリューチェーンでの重要な地位を維持可能な企業活動を誘致したい。急成長分野、高い成長可能性が見込まれる分野に注力することで、シンガポールは世界経済の成長や近隣諸国の成長可能性を取り込むことができる」と述べた。EDBは「グローバル・ファウンダー・プログラム」を通じて、創業経験豊かな実業家がシンガポールで次の事業拡大を行うことを奨励しているとも付け加えた。
EDBは、競争力を維持するには、国内労働力が企業のニーズに応えなければならないことを認識している。技能向上を助成する国の制度に加え、EDBでも労働者支援のため様々な目的別訓練プログラムを提供している。
24年にはオラクルと提携し、27年までに地元労働者と高等教育機関の学生計1万人を対象に、生成AI技能向上事業を開始した。AWSも主力プログラム「AWS AI Spring」を展開し、大学や高等専門学校(ポリテクニック)、技術教育研究所(ITE)と提携してAI学習を推進している。24~26年の3年で5000人へ訓練を提供することを目標としている。
EDBとオラクル、AWS、データブリックスは、サイバーセキュリティー、クラウドコンピューティング、データ管理などの分野でデジタル技能訓練事業を行っている。
EDBは他にも「Global Business Leaders Program」や「Singapore Leaders Network」などの指導者育成プログラムを通じて、主要企業でシンガポール人が指導的役割を担えるようより良い支援を行うために資金を提供している。
強く結びついたエコシステムの構築
不安定で分断された今日の世界で、シンガポールのサプライチェーン・エコシステムと域内とのつながりが、他に類を見ない価値を外国企業に提供できるようにすることが重要だ。
ジョホール・シンガポール経済特区協定(JS-SEZ)のような取り組みは、近隣諸国との連帯を強化するだけでなく、シンガポールが世界各国と結んだ28の自由貿易協定を補完する。
これらの取り組みは、シンガポールのサプライチェーンの強靭性とシームレスな域内統合の確保に大きな役割を果たす。シンガポールは地政学的不確実性の中で、多国籍企業にとってかけがえのないハブとなっている。
EDBは、シンガポールでの企業活動を支援するエコシステム強化にも取り組んでいる。
例えば、企業に適したインフラを提供するため、工業団地運営政府機関JTCと提携している。多国籍企業と地元企業のさらなる提携を促進するため、EDBと企業庁(エンタープライズSG)は「Partnerships for Capability Transformation (PACT)」事業を通じ、能力開発や国際化、コーポレートベンチャー、サプライヤー育成、共創を助成している。
プン長官は「地元企業の能力開発を支援しながら、外国企業向けにサプライチェーンの強靭性を強化することは、ウィンウィンの関係だ」と述べ、長期的に企業の競争力を増し、シンガポール経済を改善すると付け加えた。
元記事「SG60: Running Singapore on innovation – brains, bytes, and billion-dollar growth engines」(8月13日付ストレーツ・タイムズ紙)から翻訳しました。誤りについては、すべて翻訳側の責任となります。