創薬、臨床、製造まで―バイオファーマの一貫拠点

創薬、臨床、製造まで―バイオファーマの一貫拠点

シンガポールのバイオファーマ産業は過去20年間で生産額が倍増し、製造業中心の産業集積から、創薬・臨床試験・規制対応まで一貫したバリューチェーンを担うバイオファーマ拠点へと姿を変えてきた。世界の製薬企業上位10社のうち8社が製造またはR&Dの機能を国内に構え、アジア太平洋地域の研究開発拠点としてサプライチェーンを支えている。バイオメディカル分野は2024年の国内総生産(GDP)の1.9%を占めており、多くの雇用を生み出す成長分野として期待されている。シンガポールが整備してきた環境の現状を概観し、同国で研究開発を進める日本企業の事例を紹介する。


Illustration of Singapore’s biomedical ecosystem, featuring research, healthcare, vaccines, regulation, and pharmaceutical manufacturing.

画像はAIで生成したものです

アジア太平洋地域の臨床試験拠点に

現在、シンガポールのバイオメディカルサイエンス・エコシステムには80超のアジア太平洋地域の戦略的意思決定を行う地域統括拠点(RHQ)、30超の研究開発(R&D)センター、90超の製造施設が様々な分野に集積している。R&D領域では民間研究者が1500人を超え、バイオメディカル分野の企業研究開発支出(BMS BERD)は8億2800万シンガポールドル(以下SGD、約1024億円)に達している。製造領域での総生産額は325億SGD、従業員数は2万6600人を超える。

アジア太平洋地域での臨床試験の主要拠点として確立された実績を有しており、一例として、フランスの製薬大手Sanofiが2024年、科学技術研究庁(A*STAR)、国立皮膚センター(NSC)と、ニキビ治療の研究を推進する覚書(MoU)を締結したことが挙げられる。ニキビは10代~成人に広く見られる皮膚疾患で、10代の約80%がニキビを経験する一方、治療法は、過去30年間でほとんど進歩していなかった。提携はSanofiの専門知識と、皮膚科学分野で高い評価を得ているバイオインフラを組み合わせるものとなっている。

Sanofiはニキビに関するmRNAワクチン候補の臨床研究を進めており、シンガポールでニキビについてより理解を深め、重症化する主要因の共同研究を進めるとしている。この事例は、シンガポールがバイオファーマの拠点として、世界の大手製薬企業から注目を集めている一つの表れとも言える。

シンガポールは、企業の研究拠点などが地理的にも近接している点にも特徴がある。A*STARが拠点を構えている研究・イノベーション地区one-northでは、バイオメディカル分野の研究開発拠点がBiopolisに集積している。隣接するFusionopolisには、バイオ研究との親和性が高いと注目される人工知能(AI)や新素材などの最先端分野の研究拠点も集中している。

Science Park近隣には基礎研究を支えるシンガポール国立大学(NUS)も立地するほか、治験・臨床試験が可能なシンガポール国立大学病院(NUH)も所在。研究から臨床までをつなぐシンガポールのエコシステムを構築する要素となっている。
 

国際規制連携で医薬品審査を迅速化

医薬品開発に要する時間の多くは、規制対応に費やされる実情がある。保健科学庁(HSA)は企業の負担軽減のため国際的な枠組みに参加。米FDAのOncology Center of Excellence(OCE)が2019年に開始した国際的な規制連携では、がん領域の製品について参加国の規制当局が同時並行で審査を行うことで、製品の迅速な承認を目指す枠組みProject Orbisに参加している。

シンガポール、オーストラリア、カナダ、スイス、英国の5カ国が参加するAccess Consortiumでは、参加国の間で審査プロセスを合理化し、企業の審査過程における重複作業を減らしている。

HSAが指定する規制当局で承認を得た製品については、審査期間の短縮措置も設けている。HSAは2022年、医薬品規制システムでWHO最高評価の「成熟度レベル4(ML4)」を世界で初めて取得。2026年には医療機器規制でも世界に先駆けてML4を取得した。複数市場への同時展開を視野に入れる企業にとって、開発計画の設計や投資判断に関わる重要な要素となり得ている。
 

中外製薬——抗デングウイルス抗体医薬品を研究、恒久的創薬拠点に

中外製薬は2012年1月、約60人の体制でシンガポールに研究拠点「中外ファーマボディ・リサーチ(CPR)」を設立し、新規抗体技術や中分子創薬などの研究開発を進めてきた。2018年には事業拡張を発表。2012~21年の10年間で4億7600万SGDの投資を予定していたとし、2025年時点の累計投資額は7億SGD(約844億円)を超える。

同社はA*STAR傘下で感染症・がん免疫・炎症を研究するSIgNと連携し、免疫分野の基礎研究および創薬シーズの探索を進めてきた。2015年から抗デングウイルス抗体の共同開発を開始し、2026年8月には英GSKとフラビウイルス感染症向け抗体「AID351」の全世界での開発・商業化に関する独占的ライセンス契約を締結した。また2020年5月には、COVID-19流行を受けてSIgNが見出したコロナウイルス中和抗体についても共同研究を公表している。

中外製薬は2026年までの5年間としていたCPRの事業期間の期限を撤廃し、恒久的な海外創薬拠点として位置付ける見直しを決定。中分子創薬機能の拡充のため、研究施設の移転などに6000万SGD(約74億円)を投資し、研究機能のさらなる拡張を掲げている。

日本の製薬企業が、シンガポールが整備する手厚いサポートを活用し、事業拠点としてだけでなく研究を深化させる場として活用してきた好事例といえる。
 


参天製薬——眼科分野で共同研究、35年までに新薬投入目指す

参天製薬は、シンガポール眼研究所(SERI)と2014年11月から、アジアでの患者数が多い疾患に重点を置いた眼科分野での新たな治療薬開発を目指し、戦略的共同研究を開始した。
 


SERIはアジア人に多く見られる眼病の予防を使命とする組織で、2017~23年にかけて総額3700万SGD規模の共同研究SONIC1.0を実施。研究対象には、糖尿病網膜症や近視、ドライアイ、緑内障などが含まれ、2025年12月には主要な眼科疾患の機序の解明を目指す総額2100万SGD(約25億円)規模のSONIC2.0をスタートさせている。

同プロジェクトは、①緑内障医療における新規化合物など創薬シーズ探索②術後・病後に生じる瘢痕の抑制に関する研究③近視の遅延・抑制を目的とした新薬の開発④老眼治療での非臨床モデル確立と治療薬候補の評価などを掲げており、研究対象を絞った上で臨床試験に進める水準の新薬候補を二つ創出することを目標としている。2035年までに市場への製品投入を見込んでいるといい、アジア地域特有の疾患構造に、シンガポールの研究基盤を通じて向き合う取り組みである。
 

創薬から臨床試験、規制申請、製造まで、シンガポールは一連のプロセスを支える環境を整えてきた。世界の製薬企業にとって、アジアにおける強力な選択肢の一つとして注目されている。

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