成長するアジアの医療技術(メドテック)市場とシンガポール

成長するアジアの医療技術(メドテック)市場とシンガポール

世界のメドテック企業の投資が、シンガポールで拡大を見せている。アジアのメドテック市場は世界で2番目の規模を持ち、2030年までに年率10.5%で成長すると見込まれている。シンガポールでの2024年の総生産額は215億シンガポールドル(以下SGD、約2兆4424億円)、付加価値90億SGD(約1兆2224億円)に達し、1万7000人超を雇用する一大産業に成長している。強力な知財保護と、整備された医療規制の枠組みを備えており、年間2万5000人超のSTEM分野の卒業生も輩出。アジア市場参入の足掛かりとしてシンガポールを選択する企業が増加している。


Advanced medical imaging and robotic equipment inside a modern healthcare facility.

画像はAIで生成したものです

人工知能(AI)の応用と世界の医療機器メーカーの投資

世界人口の6割が集中するアジアは、将来的な高齢化を背景に、メドテック市場の急拡大が予想されている。需要が高まる中、シンガポールはメドテックの主要拠点化を目指し、①技術革新促進②人材育成③インフラ整備④サプライヤー基盤構築⑤サステナビリティの5領域に重点を置いたエコシステム構築を推進してきた。

AIの医療分野への応用も拡大しており、シンガポール国立大学病院(NUH)は2026年3月、新たな技術拠点としてNUH Innovation Hubを開設し、実証を進めている。2025年には公営医療グループSingHealthとデュークNUS医学大学院が人工知能研究所AIMIを設立。医療従事者がAIを活用したイノベーションを生み出し導入できるよう、研究資源や資金を提供。商業化までを支援する拠点として機能している。

グローバル企業もシンガポールをAI開発拠点として活用している。睡眠・呼吸器医療機器大手ResMedはAIを活用した患者・医療従事者の体験向上を目指すDigital Science & AI Lab(DSAIL)を設立。独Merck KGaAは欧米以外では初のデジタルハブを開設し、知的財産を保護しながら安全性の高いAI活用型バイオメディカルデータ基盤の構築を進めている。米製薬大手MSDでは、最新技術を活用した精密医療分野で研究者・科学者を育成するTalent Accelerator Programmeが始まっている。
 

メニコン—持続可能なパッケージ開発とグローバル展開の拠点として

コンタクトレンズメーカーのメニコンは2005年に販売子会社、2006年に生産子会社をシンガポールに設立した。2011年には技術開発機能を備えた約6000㎡の先端製造工場を開設し、同工場ではメニコンが独自のフラットパック技術により厚さ約1㎜の世界最薄パッケージを開発。1日使い捨てコンタクトレンズ「Miru 1Day Menicon Flat Pack」を生産し、24時間稼働の生産ハブとして機能している。シンガポールは東南アジアのほか、日本、中国、韓国、オーストラリア、欧州連合(EU)、アメリカなど多くの国・地域とFTAや多国間協定を締結しており、グローバル市場にアクセスしやすいことが利点となっている。

同工場で生産するフラットパック製品は、レンズ容器のプラスチック使用量を従来品から8割削減しており、パッケージは製造工程で使用したプラスチックを100%再利用している。使用済みレンズケースの資源循環も目指しており、グループ販売店や自治体、サプライヤーなどにも回収ボックスを設置している。2026年6月には従来、シュリンク包装に印刷していたデザインを外箱に直接印刷する「ダイレクト印刷技術」を導入。シュリンクフィルムを廃止し、プラスチック使用量のさらなる削減を図っている。

2022年にはシンガポールの近視専門研究施設Myopia Specialist Centre (MSC)と、先端研究・教育についての協力体制を構築。近視の進行抑制に関する研究を開始した。2024年にはコンタクトレンズ企業Oculusからシンガポール・マレーシア・インドネシアの販売子会社3社を取得。2025年にはシンガポールの販売子会社二つを合併することで販売網を最適化し、東南アジアでの販売力強化に取り組んでいる。
 


JMS——使い捨て医療機器のグローバル製造拠点

医療機器メーカーのJMSは1979年6月、世界的な使い捨て医療機器の需要増を受け、2番目の海外拠点として資本金1600万SGDでJMS Singapore Pte Ltd(JMSS)を設立した。1988年には930万SGDを投じて工場を増築し、血液バッグを中心に、点滴針や輸液セット、人工透析システムなど幅広い製品を手掛けている。ISO 13485に基づく品質マネジメントシステムの認証を取得しており、製造の各段階で安全基準への適合を確認したうえで、世界の医療機関へ供給している。
 

島津製作所——病院・研究機関とのオープンイノベーション、R&D拠点に

2024年にシンガポール拠点が35周年を迎えた島津製作所は、極めて高い感度を持つ質量分析技術を軸に、公立病院や研究機関との共同研究を重ねてきた。

2017年に外部機関と連携しながら新製品やサービスの開発を進めるイノベーションセンターを開設した同社は、2021年にはチャンギ総合病院とShimadzu-CGH Clinomics Centre(SC3)を設立。高血圧や慢性疾患に対する診断技術の向上を目指し、臨床アプリケーションを共同開発するもので、液体クロマトグラフ質量分析計(LC-MS/MS)を活用し、原発性アルドステロン症患者を特定する臨床検査を実現させ、2023年2月から高血圧症の診断支援サービスを開始。結果判明までの期間を従来の数週間から3~5日に短縮した。

2025年には科学技術研究庁(A*STAR)傘下Diagnostics Development Hub(DxD Hub)と共同で、BiopolisにShimadzu – DxD Hub Diagnomics Centre(SDDC)も設立し、感染症・がん・代謝性疾患の3領域で研究を進めている。迅速・正確で多項目のPCR検査キットや、パンデミックを引き起こす可能性のある病原体の早期検出方法の開発を進めている。
 


ニプロ——アジア太平洋の地域統括拠点(RHQ)を設立

1997年に現地法人を設立したニプロは、2026年初旬、NIPRO ASIA PACIFIC GROUP (NAPG)を設立した。同年9月にはNAPGを通じて、新たにアジア太平洋地域の20を超える市場を統括するRHQを立ち上げ、域内連携の緊密化や意思決定の迅速化、ガバナンス強化を図っている。製造・販売・医療研修・血液透析センターの機能を域内で連携する「One NIPRO」モデルの構築を進めている。ニプロの山崎剛司社長兼CEOは、シンガポールを「戦略的な立地、世界水準のインフラ、充実した人材などを備えた、事業拡大の上で理想的な拠点だ」と所感を述べている。

シンガポールのメドテックセクターでは、製造・研究・人材育成にわたる環境整備が続いており、日本企業を含む多くの世界企業が、製造や研究開発、RHQなど多様な形での進出を通じて、アジア市場での成長機会を着実に手にしている。

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