工業化初期・製造拠点の確立
シンガポールは1965年の建国後、日本の製造業誘致に積極的に取り組む。セイコーグループの腕時計メーカー、第二精工舎(現セイコーインスツル)は1973年、初の海外子会社をシンガポールに設立した。原材料から完成品までを手掛ける製造・組み立ての総合拠点との位置付けで、1976年の正式開業式にはリー・クアンユー首相(当時)も出席。建国初期にシンガポールに進出した日系メーカーの一つとなった。
この時期のシンガポールでは他にも日系の進出が相次ぎ、工業化の礎が築かれた。シマノは1973年に自転車部品の組み立て拠点として海外初の法人を設置したほか、パナソニックホールディングスでは、商社の松下電器貿易(当時)が1974年に事務所を開設。日立グループは建国以前の1963年からシンガポールで事業を手掛けてきたが、専門商社の日製産業(現日立ハイテク)が1972年に出張所、電動工具メーカーの日立工機(現工機ホールディングス)が1979年に海外初の製造現地法人をそれぞれ設置した。
計器メーカーの横河電機は1974年に工場を開設。東芝グループだった東芝機械(現芝浦機械)は1978年にダイカストマシンの販売・サービスを担う法人を設置した。さらに、NECは、1971年に南部セントーサ島への初の衛星通信拠点設置に関与した後、シンガポール事業を拡大し、1977年に現地法人を開設している。