日本企業とシンガポールの60年—電機・精密機械を起点に広がる製造・R&D・イノベーション

日本企業とシンガポールの60年—電機・精密機械を起点に広がる製造・R&D・イノベーション

日本とシンガポールの外交関係は、1966年の樹立から60年を経た今も、着実にその深みを増している。両国の結びつきは政治・文化にとどまらず、ビジネスの面でも大きく広がってきた。シンガポールには現在、多くの日系企業が拠点を構えており、その事業内容は年を追うごとに多様化・高度化している。 本稿では、電機や精密機械などの製造拠点として進出した日本企業の多くが、地元の高度人材を活用した地域統括や研究開発(R&D)、共同イノベーション、人工知能(AI)活用へと事業を発展させてきた歩みを振り返る。

Aerial nighttime view of Singapore’s container port and waterfront logistics hub, with brightly lit shipping terminals, cargo cranes, container yards, and the city skyline in the background.
工業化初期・製造拠点の確立

シンガポールは1965年の建国後、日本の製造業誘致に積極的に取り組む。セイコーグループの腕時計メーカー、第二精工舎(現セイコーインスツル)は1973年、初の海外子会社をシンガポールに設立した。原材料から完成品までを手掛ける製造・組み立ての総合拠点との位置付けで、1976年の正式開業式にはリー・クアンユー首相(当時)も出席。建国初期にシンガポールに進出した日系メーカーの一つとなった。

この時期のシンガポールでは他にも日系の進出が相次ぎ、工業化の礎が築かれた。シマノは1973年に自転車部品の組み立て拠点として海外初の法人を設置したほか、パナソニックホールディングスでは、商社の松下電器貿易(当時)が1974年に事務所を開設。日立グループは建国以前の1963年からシンガポールで事業を手掛けてきたが、専門商社の日製産業(現日立ハイテク)が1972年に出張所、電動工具メーカーの日立工機(現工機ホールディングス)が1979年に海外初の製造現地法人をそれぞれ設置した。

計器メーカーの横河電機は1974年に工場を開設。東芝グループだった東芝機械(現芝浦機械)は1978年にダイカストマシンの販売・サービスを担う法人を設置した。さらに、NECは、1971年に南部セントーサ島への初の衛星通信拠点設置に関与した後、シンガポール事業を拡大し、1977年に現地法人を開設している。
 

Vintage photograph of a technician operating and adjusting electronic testing equipment at a workbench, surrounded by documents, instruments, and laboratory tools in an early electronics development or manufacturing environment.

1975年当時の横河電機の製造ライン(同社提供)


地域統括拠点への発展

シンガポールはそれまで、労働集約型の製造拠点として機能していたが、1990年代ごろの経済のグローバル化を背景に、その役割が変化した。半導体や精密工学といった部門で高付加価値製造を強化し、やがて地域統括拠点として台頭。高い透明性や各国との自由貿易協定(FTA)を基盤としたビジネス向きの環境が「信頼できる海外拠点」としての魅力を形づくった。

Panasonic Asia Pacific(旧Matsushita Electric Trading Singapore)は、1974年の設立当初、日本からテレビや冷蔵庫、エアコンなどの大型家電の部品一式を輸入し、シンガポールの生産企業を通じて組み立て・販売していたが、その後は継続的な投資で製造拠点の設置や研究開発(R&D)体制の整備を推進。現在までに、東南アジアとオセアニア事業を統括する地域本部へと発展した。

IHI(旧石川島播磨重工業)は、シンガポール政府の要請で1963年に西部にジュロン造船所(JSL)を設立し、同国事業に参入。現地造船業の基盤構築に寄与した。その後は、シンガポール事業を多角化させ、港湾物流設備などの産業インフラ、発電所、石油化学プラント建設、航空エンジン部品製造・保守を展開。2012年にはグループの地域統括会社となるIHIアジアパシフィックを同国に設け、域内各拠点や各社向けの財務、人事、法務、情報通信技術(ICT)のほか、シンガポール国内外のマーケティングやR&D機能を担っている。
2022年には、ASTAR傘下の化学・エネルギー環境持続可能性研究所(ISCE2)とカーボンニュートラル・ソリューションを主眼とした共同研究開発センター設立に向けたMoUを締結し、シンガポールをアジア太平洋地域におけるR&D拠点として一層強化している。2011年来のメタネーション技術の共同研究で培った関係を基盤に、航空機向け持続可能燃料(SAF)の開発にも取り組みを広げている。
 

Two researchers in laboratory coats and safety goggles examining a test sample beside scientific equipment, conducting materials research and development in a laboratory environment.

共同研究を行うIHIとISCE2の研究者たち(IHI提供)


ハイテク・R&D拠点への進化

シンガポールは、製造や地域統括拠点としての地位を着々と固める一方、ハイテク導入やR&Dの拠点としても存在感を示す。

光学レンズメーカーのHOYAは1997年、シンガポールに地域本社を開設。2003年に当時最先端の白内障手術用眼内レンズ工場を同国で稼働したほか、2004年には西部トゥアスに製造拠点を設けた。また、2018年には白内障用眼内レンズのR&Dセンターを生物医学研究集積地区バイオポリスに開設し、シンガポールに製造や地域統括、研究機能を集約させた。直近では、半導体製造に用いるEUV露光用マスクブランクスの生産強化のため、2026年度にシンガポール工場敷地内に新棟を増設すると発表。投資総額は約420億円で、2028年度の量産開始を見込む。
 


牧野フライス製作所は2019年、現地の地域統括法人を通じて、西部ジュークーンに海外初のスマート工場を開設。総工費は1億SGD(当時約79億円)に上った。機械を遠隔管理するモノのインターネット(IoT)を導入し、アジア全域の顧客企業で稼働する機械のデータをすべて追跡できるようにしたことで、運用効率化や不具合の早期発見を実現した。
 


シマノは2023年、1973年設立の既存工場を一新。約2億5000万SGDを投じ、「未来の工場」と位置付けるスマートファクトリーを開設した。センサーを活用し、原材料管理から製造工程、製品管理までの全過程のデータを集積。AIがデータをリアルタイムで分析し、生産効率の改善を後押しする。労働力削減のため、ロボットや自律型無人搬送車などの機材も可能な限り導入。自動化を徹底し、シマノの生産量の70%を占める中価格製品に注力している。
 


AI・デジタル・共同イノベーションの加速

近年では、日系企業のシンガポールでの活動内容は製造やR&Dにとどまらず、AI、ロボティクス、サステナビリティー(持続可能性)、スタートアップ連携へと多様化が進んでいる。

パナソニックは2025年、AI搭載のスマートビル技術やロボット技術を開発、試験するイノベーション拠点を、北東部のビジネスパーク「プンゴルデジタル地区(PDD)」に開設した。2026年には企業の各種点検や安全管理、品質検査など、視覚検査を伴う業務のAI化に必要となるデータ学習や検証、導入、運用といったプロセス全般を一気通貫で支援するサービスを開始。シンガポールのドローン企業NovaPeak Pte. Ltd.の外壁点検サービスに採用された。

横河電機は、1970~1980年代にシンガポールに販売・サービスやエンジニアリングの法人を設立。これら数社の機能を統合して1990年代に誕生した新会社を、東南アジアやオセアニア、台湾地域の統括拠点とした。2000年代に入ると、グローバル事業の本社機能を担う現地法人や日本国外最大のR&D拠点「Singapore Development Centre(SGDC)」を相次ぎ設置。SGDCは生産制御システム向けソフトウエア、AI、クラウドアプリケーションを手掛け、2016年には外部提携先や顧客と新規事業創出に取り組む共同イノベーション拠点を併設した。さらに直近では、横河は、環境面の持続可能性に配慮したイノベーションを推進するプロセス製造部門向けのR&D拠点「Sustainability Incubation Hub (SIH) 」を2024年に設立している。

その後も日本企業の大型投資は続き、対象分野も多様化や高度化を遂げる。半導体フォトマスク大手テクセンドフォトマスクは、2027年の稼働を目指し、約2億米ドルを投じて東部の工業団地で新工場建設に着手。加賀電子は、電子・電気機器用プリント基板の表面実装を手掛ける新工場の運転を2026年に開始した。投資額は約1億円に上る。
 

Groundbreaking ceremony for a new semiconductor manufacturing facility, featuring company executives and officials in hard hats holding ceremonial shovels on a stage during the project launch event.

テクセンドフォトマスク新工場起工式(同社発表より)


人材—多様性と現地化

シンガポールの高い英語力・専門スキル・多様な国籍は、日本企業にとって大きな強みだ。マキノアジアは「グローバル人材の採用に適した国際都市」と評価し、約18カ国の従業員が拠点間の交流や協働を生み出している。

現地人材の育成・登用も特徴的だ。横河電機では多様な人材が「豊かなアイデアとイノベーション」をもたらし、長年の育成の結果、同社現地法人社長はシンガポール人が務め、地元出身者が東南アジア各地で活躍する。マキノアジアもシンガポール出身の最高経営責任者(CEO)の下、現地主導の経営を実践している——「海外現地法人の経営は現地の人間に任せる」がマキノの哲学だ。

60年前、日本企業の製造拠点として選ばれたシンガポールは、今ではスピード感と機動力をもって成長、イノベーション、人材育成を推進するための「信頼できる海外拠点」として、その存在感を増し続けている。
 


シンガポールへの事業進出やビジネス拡張へのサポートについては、EDBまでお問い合わせくだ
さい

 


 

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