フィジカルAIに関するセミナーを東京で開催

フィジカルAIに関するセミナーを東京で開催

6月、東京都内で海外事業開発を専門とするコンサルティング会社、株式会社イントラリンクが「シンガポール発!Physical AIの最前線」と題したセミナーを開催した。シンガポール経済開発庁(EDB)の協力のもと、シンガポールのフィジカルAI・ロボティクス分野の政策、実証環境、日本企業の事業機会について解説した。セミナーの出席者は40人を超え、フィジカルAI導入を検討する製造業だけでなく、研究機関や異業種など多岐にわたった。


Speaker presenting at a Japanese event on Singapore’s Physical AI industry.

EDBのプア日本事務所所長

シンガポールのフィジカルAI戦略

EDBのプア・シェンタ日本事務所所長は「シンガポールのロボティクス・フィジカルAI戦略」と題した講演の冒頭で、シンガポールのロボティクス分野概況を説明した。シンガポールのロボット密度は1万人あたり818台と世界第2位の自動化先進国で、2015年以降のロボット密度年平均成長率27%は、世界平均の12%を大きく上回る。

その基盤となるのが強固な製造業だ。製造業はGDPの約5分の1を占める主要産業で、政府はManufacturing 2030ビジョンのもと、世界競争力のあるエコシステムと将来対応型の人材に支えられた「先端製造のグローバル中核拠点」を目指している。注力分野はエレクトロニクス産業や、エネルギー・化学、ヘルスケア、航空宇宙、海事・オフショア、そしてロボティクスや積層造形、レーザー・光学を含む3000社超の精密工学企業が集積するハブとなった複合機器・部品分野だ。

ロボティクス分野では、国家研究財団(NRF)が資金を提供し、科学技術研究庁(A*STAR)が運営する国家ロボティクス推進プログラムNational Robotics Programme (NRP)で4億5000万シンガポールドルを超える支援を行い、官民の投資と産業界での導入を後押ししている。シンガポールのエコシステムの特徴は、限られた国土の中でグローバル企業、ローカル企業、スタートアップ、大学、公的研究機関、エンドユーザー、アクセラレーターが近接していることだ。製造、物流、倉庫、空港、港湾など、実証を行える現場も多い。

シンガポールのフィジカルAI戦略としてプア氏が挙げたのは「データエンジン」「フィジカルAI研究拠点」「実証環境の提供」の3点だ。データエンジンとは、ロボットが実際の環境下で動作するためのデータを収集し、共通ライブラリとして活用する取り組みを指す。フィジカルAI研究拠点では、AIとロボティクスの研究者、企業、設備を集約することで技術開発と実装を促進する。製造現場、空港、港湾、航空機客室などを実証環境として活用し、企業が技術をテストする機会も提供する。

プア氏は「シンガポールでは、フィジカルAIを研究テーマとして扱うだけでなく、産業現場での導入と事業化を前提とした制度、研究、実証先を組み合わせている」と解説した。例えば、共有ワークスペースや居住施設を備えたAIパーク『Kampong AI』は、実際の環境で技術的な仮説を検証し、市場拡大における次のステップに関する意思決定に役立てるための実験の場として機能する。
 


日本企業の事業機会と活用事例

イントラリンク・シンガポールの細井武蔵・事業開発マネージャーは「日本企業にとってのシンガポール事業機会」と題して講演した。シンガポールには4500社以上の日本企業が進出しており、フィジカルAI関連分野でも建設、電機、スマートビルディング、設備、産業機器など多様な企業が活動している。

細井氏によると、シンガポールの位置づけは、従来の地域統括拠点や販売拠点から、現地のエンドユーザー、研究機関、スタートアップ、政府機関と連携しながら開発・検証・実装を進める場へと変化している。

鹿島建設の統括拠点「The GEAR」はその一例だ。アジア地域統括、研究開発、オープンイノベーションの機能を一体化した同施設では、現地の大学やスタートアップと連携しながら、建設現場で実際に使う技術を現場に近い環境で検証している。建設分野では人手不足、品質、安全性、既存工程との統合、作業員との関係など、技術だけでは解決しない現場条件が多い。同社はこうした課題を抽出し、外部技術も活用しながら検証する場としてシンガポールを活用している。

また、パナソニックは北東部Punggol Digital District内のイノベーション拠点で、建物、設備、センサー、ロボット、AIを組み合わせたスマートビルの検証を進めている。清掃、点検、搬送、設備管理などでは、ロボット性能だけでなく、建物側のデータ、エレベーターやドア、保守体制、現場スタッフのオペレーションが重要になる。同社の事例が示すのは、フィジカルAIを「ロボット導入」としてではなく、建物・設備も含めた運用とする視点だ。将来的にはビル単体を超え、街区全体でロボットや設備が連携し、人と共存する運用モデルの可能性も視野に入れている。
 

Speaker presenting to an audience at a Japanese event on Singapore’s Physical AI industry.

事業開発3段階を解説する細井氏

事業開発の3段階アプローチ

細井氏は、フィジカルAI分野の事業開発を3段階で進めることを提案する。

第1段階は課題の絞り込みだ。「ロボティクスに関心がある」といった広いテーマではなく、「どの課題・工程を対象にしたものか」を明確にする必要がある。例えば、「空港の手荷物搬送プロセスでの人手不足という課題に自社技術が有効かどうかを検証する」ところまで絞り込むことが求められる。

第2段階は概念実証(PoC)の策定だ。検証前に、どの現場で試すか、どのデータを使うか、安全基準設定、誰が意思決定者かといった、合格基準と撤退基準を事前に定めておく必要がある。

第3段階は本格展開意思決定への準備だ。限られた条件下でPoCの価値が確認されても、そのまま展開できるとは限らない。再現性、費用対効果、運用・保守体制、国別の条件など、本社が判断できる材料を事前に準備しておくことが重要になる。

部門別の課題も指摘された。本社企画部門ではテーマが漠然となる傾向があるため、現地の知見や産業クラスターを活用して検証テーマを絞ることが必要だ。研究開発部門では、技術をエンドユーザーが理解・判断できるよう説明できることが求められる。海外事業開発部門では、出張ベースの面談が進んでも実証に結びつかないケースがあり、技術を試せる現場・データ・意思決定者との連携が鍵となる。

検証拠点としてシンガポールが有効な理由は、販売・地域統括機能だけでなく、実証環境、政府、研究機関、スタートアップとの連携が望めるからだ。EDBが2月に発表した2025年のシンガポールへの投資動向報告によると、進出企業が人件費や研究開発費などの事業運営のために計画する年間総事業費(TBE)約89億シンガポールドルの多くが統括本部やR&D部門に集中している。また、ITや製造の大手企業による60カ所以上のAI CoEの設立を確保し、多国籍企業と地元企業・スタートアップによる19件の共創プロジェクト創出なども支援している。

ただし東南アジアへの展開にあたっては、シンガポールでの検証後に改めてどの市場に展開するかを判断する必要がある。

質疑応答では、グローバル技術エコシステムや政府主導の導入環境、東南アジア市場展開の条件など、活発な議論が交わされた。
 

Panel discussion at a Japanese event on Singapore’s Physical AI industry, with speakers addressing an audience.

多くの質問が寄せられた質疑応答


本記事はイントラリンク社の【イベントレポート】シンガポール発、フィジカルAIの最前線を基に、同社の承諾を得て加筆修正したものです。

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