それでは、なぜ今日本企業がシンガポールのディープテック・エコシステムに活用すべきでしょうか。シンガポールのイノベーション・シーンに長年従事してきたNTU(南洋理工大学)起業支援部門長を務めていたDavid Toh Teng Peow氏は、シンガポールを「グローバル市場へのゲートウェイ」と位置付け、次のようにその魅力を説明しています。
「シンガポールにはすでに、世界中から人やアイデアが集まるグローバルなネットワークやイノベーション拠点があり、海外展開に向けて協力できる企業も数多く集まっています。このため、シンガポールのエコシステムに参入することで東南アジアだけでなく、欧州、英国、カナダなどへの展開を見据えたGo-to-Market戦略が立てやすくなります。」
この見解を踏まえ、日本企業がシンガポールのディープテック・エコシステムに参入するメリットは、以下のポイントに整理できます。
- 政府主導の充実した資金支援と共創インフラ
シンガポールでは、SG Innovate(政府支援のディープテックVCファンド)などを通じた政府の多層的な支援が提供されており、日本企業は初期リスクを抑えつつ、実証から市場展開まで一気通貫で進めやすくなります。 - 世界水準の研究機関を通じた技術アクセス
NTU、NUS、A*STARには企業連携ラボや産学プログラムが整備されており、企業は量子、AI、材料、ロボティクスなどの先端領域に迅速にアクセスできます。国内だけでは得にくい知見を取り込み、事業化の加速が可能に。 - 東南アジアとグローバル市場を見据えたハブとしての活用
シンガポールは東南アジアやG7市場へのゲートウェイとして活用可能で、知財保護やFTA、税制優遇を活かし、国際展開やパートナー開拓を効率的に進めることができる市場です。 - 透明性・信頼性の高い規制環境
知財保護や契約執行、規制の透明性が高く、ディープテック領域での実証や導入がスムーズです。医療・クリーンテック・モビリティなど規制依存度の高い分野でも、早期PoCや導入に踏み込みやすい環境です。 - スタートアップとの協業による新規事業機会
グローバル志向のスタートアップが多数集積しており、共同開発やユーザー検証、海外展開支援を通じて協業することで、既存事業の高度化や新規事業創出につなげられます。
日本企業にとって、参入メリットが大きいシンガポールのディープテック・エコシステムですが、実際の事業機会へとつなげるためには、いくつかのポイントを押さえたアプローチが欠かせません。
まず重要となるのは、自社がどこから関わるべきかを明確にすることです。研究機関と連携して技術探索から始めるのか、それとも大学発スタートアップのように既に実装段階に近いプレーヤーと組むのかによって、必要なリソースも展望も変わってきます。シンガポールでは研究から実証までが一体的に進むため、入口の選択がその後の展開スピードに大きく影響します。
次に欠かせないのが、現地での情報収集の体制づくりです。技術動向は流動的で、シンガポールのスタートアップも研究機関も常に新しいプロジェクトを生み出しています。こうした変化をリアルタイムで捉えるには、単に出張ベースで情報を得るだけでは不十分であり、現地のエコシステムに常時アクセスできるルートを確保することが不可欠です。実際、現地VCや大学、政府系支援機関は、スタートアップの成長段階や研究の進捗に関する最も鮮度の高い情報を持っています。これらのネットワークをどう使えるかが、日本企業の動きの速さを大きく左右します。
そして最後に重要なのが、シンガポールのエコシステムを継続的に追い続ける姿勢です。ディープテックの分野では、最初に接した時点では可能性が見えにくい技術が、半年後には事業化に向けて大きく進展することが珍しくありません。初期段階で価値が見えないと判断して手を引くと、次に優れた機会が来たときには競合に先を越されることもあります。むしろ欧米企業が成功しているのは、こうした継続的な関与を通じて、技術が飛躍する瞬間を逃さず掴み取っているからです。
シンガポールのスタートアップは、日本側の丁寧な検証プロセスや品質基準への姿勢を高く評価しています。また彼らにとって、日本市場での導入実績は国際的な信用の証明となり、事業展開を後押しすることから、日本企業との連携には強い欲を持っています。このように、シンガポール企業と日本企業が互いの強みを生かし合う関係こそが、協業の最大の価値でもあります。
シンガポールのディープテック・エコシステムは、産学官が連携し、研究成果の実証から国際展開まで迅速に進められる体制が整っています。しかし、現地での情報収集、スタートアップとの関係構築、規制や国際標準の理解など、実務的なハードルも少なくありません。
日本企業は、これらを効率的に乗り越えるとともに、シンガポールの技術・市場ポテンシャルを最大限に活用することで、グローバル展開に繋がる基盤を構築し、国内では得られない新たな事業機会の創出に繋げることができると考えられます。
本稿は、イントラリンク・グループのブログ「アジアのディープテック・ハブ、シンガポール〜グローバル市場へのゲートウェイ〜 | Intralink」を許諾の上一部編集し、掲載したものです。