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シンガポールAIエコシステムの戦略的発展―企業主導のイノベーション・センター設立動向など

シンガポールAIエコシステムの戦略的発展―企業主導のイノベーション・センター設立動向など


Humanoid AI robot surrounded by people analysing digital dashboards with charts, graphs, and data visualisations.

(画像は生成AIによるものです)

シンガポールは人工知能(AI)分野の世界的なハブを目指し、国家AI戦略(NAIS)を推進している。2023年改訂のNAIS2.0では、(i)AI実用化、(ii)人材育成、(iii)コンピューティングインフラへのアクセス確保に注力。特にAI実用化を重視し、これまでに各業界で50社以上が企業のAI研究拠点「AI・センター・オブ・エクセレンス(AI CoE)」を設立した。  

AI CoE設立動向や、産官学が連携して企業のAI導入を支援する取り組み「AIトレイルブレイザーズ・イニシアチブ(AI Trailblazers Initiative)」の成果を分析し、シンガポールのAI戦略の特徴と今後の展望を考察する。 
 

各業界でAI CoE設立の動き 

製造業:パナソニックのイノベーション・ハブ 

パナソニックR&Dセンターシンガポール(PRDCSG)は、北東部ポンゴル・デジタル地区(PDD)1にシンガポールと東南アジアの旗艦イノベーション・ハブを開設した。 

シンガポールはパナソニックにとって、先進的なインフラとアジア太平洋の中心という立地で、東南アジアやインドの多様な成長市場に迅速に適応しソリューションを展開する理想的な戦略拠点だ。  

PRDCSGの主な実用試験事業は、工業団地運営政府機関JTCの支援で開発したAI駆動のヒューマン・ロボット・ファシリティ自動化システムだ。自律的な建物運営管理で施設の運営方法を変革する。PDDをデジタル上に再現したバーチャル環境「リアルタイム・デジタルツイン」から包括的な情報を提供されたオープン・デジタル・プラットフォーム(ODP)2が、PDD全域のセンサーからリアルタイムデータを収集し、地区全体を可視化、監視、制御する。ドア、改札、エレベーター、CCTV、ロボットなど異なるシステム間の通信が可能になり、施設運営を効率化する。 
 


飲料業界:ハイネケンの生成AIラボ 

オランダのビール醸造会社ハイネケンは、シンガポールに同社初の生成AI(GenAI)ラボを開設した。政府のAI関連技術開発支援プログラム、AIシンガポール(AISG)との提携で設立された同施設は、ハイネケンの業界専門知識とAISGの最先端AI能力と人材を統合し、官民連携による革新的なソリューション開発モデルを構築している。同ラボは、複雑な問題を自律的に解決するエージェント型AI開発、マーケティングコンテンツの自動作成、財務報告の自動化といった領域で、世界規模での成長、生産性、顧客エンゲージメントの向上を目的とした拡張可能な生成AIソリューションを開発している。 
 

アグリフード業界:JapfaのAI・量子コンピューティングCoE 

シンガポールのアグリフード企業Japfaは、効率的で持続可能な食料生産のため、AI・量子コンピューティングCoEを開設した。シンガポール経済開発庁(EDB)と企業庁(ESG)の支援で、シンガポール工科大(SIT)、高等専門学校ナンヤン・ポリテクニック(NYP)、量子コンピューティング新興企業のAngelQとの協力体制を構築している。人材育成を推進し、学生や研究者が実際の産業課題に取り組む機会を提供する。ベトナムの養豚事業とインドネシアの養鶏事業で試験事業を展開し、デジタル化とAIでリアルタイム農場運営監視など、効率性、製品品質、動物健康の向上を図っている。 
 

AIトレイルブレイザーズ・イニシアチブの成果 

複数のシンガポール政府機関とグーグルクラウド(Google Cloud)が提携する「AIトレイルブレイザーズ・イニシアチブ」もNAIS2.0が目指す企業の生成AI導入加速で重要な役割を果たしている。Google CloudのAIツールとインフラへのアクセス、専門家による直接的なサポートを企業に提供し、プロトタイプ(試作品)開発を支援するもので、今までに企業など84組織が100件の導入事業を実施した。 
 

導入例1:Visa 

国際決済ネットワーク事業のVisaは、カード保有者の支出データを活用し、高度にパーソナライズされた旅行プラン提案機能(トラベルプランナー)を開発した。グーグルが提供する大規模言語モデル(LLM)「Gemini LLM」や、AI開発プラットフォームVertex AIなどのツールと連携し、個人の行動データに基づく目的地、フライト、宿泊施設、レストランの提案を実現しながら、適切なリスク管理とガバナンス(統治)を実装している。 
 

導入例2:Ocean Network Express(ONE) 

シンガポールを拠点とする日系定期コンテナ船事業会社ONEは、平易な英語をデータベース言語に変換するチャットボットシステムを開発した。営業担当者はそれまで、顧客からの問い合わせにマニュアルで情報を取得し対応していたが、システム導入で高速で正確な情報提供を実現した。数千人の営業担当者の同時利用も可能にした。 
 

Business professionals collaborating with humanoid robots around a digital touchscreen table displaying AI data and analytics.

(画像は生成AIによるものです)

シンガポールAI戦略の特徴 

シンガポールのAI戦略の特徴として、複数の政府機関が企業、高等教育機関、研究機関と密接に連携し、企業のAI導入を多角的に支援している。各業界の特性に応じたAIソリューション開発を促進し、汎用的ではなく実用性の高いイノベーションを推進する。さらに、高度なAI専門人材の確保・育成と業界間の知識共有により、継続的な技術革新を支える。 

シンガポールは東南アジア地域のAIハブとして、今後も成長と地位強化を目指す。 
 

AI研究開発部門の設立をご検討ですか?EDBにご相談ください。 


注釈

1 JTCが開発したスマートソリューションの実証試験を可能にする初のビジネス地区。

2 JTCと政府技術庁(GovTech)が開発したオープンスタンダードのデジタルインフラ。様々なスマートシティシステムを統合し、データ共有、パイロットテスト、AI活用を可能にする。

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