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シンガポールを化学産業のグローバルハブに―国家勲章受章の三井化学・淡輪会長インタビュー

シンガポールを化学産業のグローバルハブに―国家勲章受章の三井化学・淡輪会長インタビュー


シンガポール経済開発庁(EDB)は7月、シンガポールへの長年にわたる貢献を表彰し、三井化学の淡輪 敏(たんのわ・つとむ)会長に国家勲章の「Public Service Star (Distinguished Friends of Singapore)」を授与した。 

三井化学は1966年にシンガポールに接着剤製造会社を設立。現在までに10億シンガポールドル(約1138億円)を超える大規模投資を行ってきた。2011年には、同社にとって海外初の研究開発施設(R&Dセンター)を設立し、現在ではシンガポールをアジア太平洋地域の統括本部、研究開発ならびに製造拠点としている。 

シンガポールでの三井化学の戦略的存在感と事業基盤の拡大に尽力し、経済成長に大きく寄与してきた淡輪会長に、化学産業のハブとしてのシンガポールの役割などを聞いた。
 

Singapore President Tharman Shanmugaratnam presents a national medal to an elderly man in a formal ceremony, with uniformed personnel in attendance.

シンガポールのターマン・シャンムガラトナム大統領(左)から勲章を授与される三井化学の淡輪敏会長
[撮影:Ministry of Digital Development and Information (MDDI)]


戦略的拠点としてのシンガポール 
 

―三井化学のグローバルおよびアジア太平洋地域の戦略において、シンガポールは、今後どのような役割を果たしますか。また、シンガポールでの事業は、日本の本社とどのように連携していますか。 

淡輪:三井化学は、シンガポールを化学産業のグローバルハブとして強化するため、製造設備と研究開発(R&D)に多額の投資を行っています。これらの投資には、樹脂改質剤「タフマーTM」製造施設の数回にわたる拡張、Prime Evolue Singapore1の設立、光学レンズ用の特殊コーティング樹脂を製造する子会社SDC Technologies Asia Pacificの工場建設、そして日本国外初の研究開発施設の設立などが含まれています。 

シンガポールは現在、三井化学にとって重要な戦略的拠点として機能し、日本などの東アジアを除くアジア太平洋地域における地域戦略の策定・実行と業務の統括を行っています。 
 

―シンガポールがイノベーションと製造の拠点として持つ、3つの主要な特徴や性質についてお話しください。

淡輪:第1に、シンガポールは強力な政府の支援があり、投資環境が整備されていると思います。シンガポール政府は、大学や公的研究機関、スタートアップ、民間企業の研究開発事業に積極的に投資しています。また、グローバル企業も研究開発機能を確立し、イノベーションパートナーを見つけるための環境が整っています。 

第2に、シンガポールには世界と強く結びついた先進的な製造基盤があります。西部ジュロン島には、石油化学産業向けに先進的なインフラが整備され、当社も「タフマーTM」、高性能ポリエチレン「エボリューTM」などの製造拠点を運営しています。さらにシンガポールは国際的な物流のハブであるため、顧客へのアクセスが容易であると言えると思います。 

第3に、シンガポール政府は、人材開発と地元労働力の活用を支援しています。シンガポールは地域の国々と良好な連携を保っており、東南アジア諸国から多くの優秀な人材が働きに来ています。政府は地元の人材育成に重点を置き、高等教育機関は優れた地元人材を輩出しています。私たちは事業戦略とオペレーションを支える適切な人材を容易に採用し、育成することができます。また、政府や教育機関と密接に協力して、技能訓練やスキルアッププログラムを実施しています。 
 

Collage showing two events by Mitsui Chemicals Group in Singapore. On the left, executives in formal attire participate in a groundbreaking ceremony for Mitsui Elastomers Singapore, holding ceremonial shovels with red pom-poms. Below them is a rendered image of an industrial facility. On the right, a cheerful group of employees poses together under a screen that reads "Mitsui Chemicals Competency Development Program."

左: 樹脂改質剤「タフマーTM」製造施設の起工式 右: 現地従業員技能向上プログラム[ 三井化学提供]

持続可能性、自動化、技能研修強化 
 

―三井化学は2050年までの温室効果ガスの排出量実質ゼロ(カーボンニュートラル)達成を目標にしています。この持続可能性目標に沿って、シンガポールの製造拠点をどのように変革されるのでしょうか。 

淡輪:カーボンニュートラルの実現は、三井化学が環境との持続可能なバランスを保つための重要なステップです。そのためには世界中の製造工程のさまざまな部分での変革が必要です。 

シンガポールでは、各製造プラントが業務最適化を通じて、水道光熱費などのユーティリティーや原材料消費量などの効率改善を継続的に行っています。また、他社と協力して、プラント内に太陽光パネルを設置し、日常的な電力使用を補完するための太陽光発電の活用にも取り組んでいます。製造工程では大量の電力を必要とするため、近い将来のプラントでのグリーン電力の使用を積極的に検討しています。 
 

―シンガポール拠点での製造プロセス強化のため、自動化と新技術の導入についてお聞かせください。また、技術習得に向けて、従業員にどのような研修や支援プログラムを実施していますか。 

淡輪:三井化学は、製造・業務のデジタルトランスフォーメーション(DX)を開始しました。これらの取り組みは、シンガポールの関係会社を含む世界中の各拠点に段階的に適用される予定です。 

DXの推進支援では、従業員や管理職を対象とした一連のDX学習コンテンツを展開しました。従業員が新しい技術を習得する準備を整え、デジタルスキルの向上と新しいタスクを遂行する能力を向上させるために、ツールやリソースの提供を拡大しています。 
 

―三井化学はシンガポールでローカル人材の雇用を積極的に推進しています。そのメリットは何でしょうか?また、これまでにどのようなプログラムを実施されてきましたか? 

淡輪:三井化学は、新しい才能を生み出し続けるシンガポールの教育機関と、採用活動、ネットワーキング、奨学金、高等専門学校(ポリテクニック)とのインターン制度などで積極的に提携してきました。 

「三井化学プロセステクノロジー(MCPT)奨学金」は、ポリテクニックと協力して、卒業後に入社する若い才能を探し出すための取り組みの一部です。 

社内の学習と人材開発の枠組みは、スキルズフューチャーの「Skills Framework」に合わせて設計され、従業員の能力開発を最大化することを目指しています。2019年には、従業員技能向上に貢献した雇用主に贈られる「SkillsFuture Employer Awards」を受賞し、技能向上と生涯学習の促進を確約しています。 

リーダーシップ開発の面では 、2010年代後半から指導者育成のため「三井化学能力開発プログラム」を導入しています。若手から中間管理職レベルまでの人材育成を行う、社内向けにカスタマイズされたリーダーシッププログラムです。 
 

Singapore President Tharman Shanmugaratnam converses with an elderly medal recipient in a formal setting adorned with floral decor and greenery. Both men are dressed in suits, with visible medals of distinction.

シャンムガラトナム大統領と歓談する淡輪会長[撮影:Ministry of Digital Development and Information (MDDI)]

東南アジアハブとしてのシンガポールの認識を 
 

―シンガポールでのご経験の中で、特に印象に残っている思い出やエピソードがありましたらお聞かせください。 

淡輪:私が初めてシンガポールを訪問したのは1987年で、当時の指導者はリー・クアンユー首相でした。それまで彼のことはあまり知りませんでしたが、アジアの政治家の中でも大きな存在だと感じ、自伝2冊を読みました。マレーシアからの独立など、大変な苦労をされたという非常に強い印象を受けました。 

特に感じたのは、水問題です。シンガポールでは水の確保のため、マレーシアからの輸入に多くを依存しており、どのように比率を減らして国内でいかに水を確保するか、様々な努力を行い、今に至っています。資源の面では、シンガポールも日本も似たようなところがありますが、日本は幸い水資源は豊富で、そのような苦労はあまりしておりません。水資源確保のような問題は、国の存続に非常に大きな影響を与えるという強いインパクトを受けました。 

もう1点は当時、人口は270万人ぐらいだったと記憶しております。それから毎年、訪問するたびに人口が増え、直近では600万人という規模になりました。その成長スピードの速さにも感心しています。 
 

―海外展開を検討されている日本企業へ、アドバイスやメッセージをどうぞ。 

淡輪:三井化学がなぜ60年もかけてシンガポールで事業を拡大してきたのかというと、やはりハブ機能にあると思います。シンガポール自体は資源も少なく、アジアの中の非常に小さな一国です。にもかかわらず、金融、物流、重化学工業などの誘致で、ハブ機能を充実させ、相互にいい作用をして現在に至っていると思います。「シンガポールは東南アジアのハブとしての重要な拠点である」、という認識をまず持つことから始まるという気がします。 

シンガポール政府は今後も、ありとあらゆる可能性を捉え、世界に適合していくことを追求すると思います。将来の可能性を我々も見ていきたいし、ぜひ他の企業にも見ていただきたいと思っています。 
 


Footnote:

[1] 三井化学が65%、出光興産が35%を出資する合弁企業プライムポリマーのシンガポール現地法人。

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