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イノベーションで先端を行く-都市国家の未来図

イノベーションで先端を行く-都市国家の未来図

金融、貿易、先進製造、専門サービスのハブとして発展してきたシンガポール。世界のビジネス環境ランキングでは常に上位だが、国土の狭さや物価高が事業の重しになる側面もある。シンガポール経済開発庁(EDB)のクラレンス・チュア日本・韓国地域局長は、シンガポールには短期的なコストを上回る魅力があり、政府は企業の事業変革を支援すると説明。ビジネスでの連携を通じ、来年に外交関係樹立60 年を迎える日本との結びつきをさらに深めたいと話す。

Singapore’s central business district skyline with modern skyscrapers along Marina Bay, reflected in the water under a cloudy sky.

Q:現在の主要産業は。 

チュア(以下A):シンガポールは世界の先進製造業で極めて重要なハブであり、半導体、バイオ医薬品、メドテック(医療技術)、精密機器、航空宇宙などの分野に強みを持つ。半導体は世界生産の約10%を占める。航空宇宙産業では130 社超が拠点を構え、世界のMRO(整備・修理・運用)市場の10%に寄与している。 

われわれはサービス産業も育成しており、シンガポールはアジアの地域統括本部の立地先として最も選ばれている。研究開発(R&D)拠点も多い。サプライチェーン(供給網)の管理に適した立地にあるだけでなく、サステナビリティー(持続可能性)や人工知能(AI)といった成長分野での機会が豊富なことがその理由だろう。 
 

Q:政府として特にどの分野に投資を集中しているか。

 A:新たな成長エンジンであるAIだ。2023 年12 月に「国家AI戦略2.0(NAIS 2.0)」が発表されて以来、50社を超える先進的な企業がAIのセンター・オブ・エクセレンス(CoE)をシンガポールに設置した。 

経済全体へのAI導入を加速させるため、政府としても技術基盤の強化や人材の育成、エコシステムの構築を急いでいる。一例を挙げると、シンガポール政府はグーグル・クラウドと「AIトレイルブレイザーズ」という取り組みを実施した。84 の組織がグーグル・クラウドの生成AIツールを無料で使い、AIソリューションを試作・テスト・導入するのを支援する内容で、コンテナ船事業会社オーシャン・ネットワーク・エクスプレス(ONE)は社内の業務負荷軽減を目的にチャットボットを作成した。 

また昨年は政府のAI活用促進機関、AIシンガポール(AISG)とソニーリサーチが覚書を締結し、東南アジア諸言語向けの大規模言語モデルの高度化に取り組んでいる。 
 

Overseas direct investment into Singapore from 2016 to 2024, shown as a bar chart with yearly totals and components.

Q:サステナビリティーの中核となる脱炭素化では、どんな取り組みを進めているか。 

A:多角的なアプローチを採用している。低炭素技術への投資やクリーンなエネルギー源への移行に加え、温室効果ガスの排出削減と資源効率の向上に寄与する革新的 

ソリューションを導入する企業に、「排出に関する資源効率化助成金(REG(E))」を通じて資金援助を提供している。 

国内の温室効果ガス排出量は、石油化学部門が占める割合が大きい。そこでEDBは、国内の工業用地の80%超を管理する政府系の工業団地運営機関JTCコーポレーションとともに、エネルギー・化学産業の一大拠点である西部ジュロン島で操業する企業の脱炭素化の取り組みを支えている。 

世界的なクリーンエネルギーへの移行に伴い、シンガポールは企業の脱炭素化を支援している。同時に、アジアを含む消費者の需要にけん引され、スペシャリティケミカルやサステナブル素材で新たな機会が生まれている。ジュロン島には三井化学、住友化学、クラレを含む100 社以上のグローバル企業が拠点を構えている。 
 

Q:近年のシンガポールは、イノベーションのエコシステムの構築に力を入れている。 

A:シンガポールには強固なR&D基盤と活気あるイノベーション・エコシステムが存在する。4500 超のアーリーステージ企業と、220 超のインキュベーターやアクセラレーターがあり、産業のイノベーションと商業化が進められている。

多様な文化的背景を持つ消費者が暮らすシンガポールは、日本企業がアジアの消費者向け製品を開発する上で理想的なテストベッド(実証試験ができる環境)といえる。ポッカは新製品のR&Dと市場テストを行い、キッコーマンはプラントベースのミールキットの製品開発と試験販売を実施した。  
 

Bar chart showing foreign direct investment into Singapore by industry in 2024, led by finance and insurance, followed by professional services, trade, manufacturing, and ICT.

Q:シンガポールは国土が狭く、物価も高い。今後も製造業を誘致し続けるには限界があるのではないか。 

A:シンガポールは引き続き高付加価値部品の製造にとって有望な国だ。昨年はTOPPAN が半導体製品向けの先進基板施設を設立した。テクセンドフォトマスクも半導体ファウンドリー向けに新しいフォトマスク製造施設の建設を開始した。 

近隣諸国との協力も戦略のもう一つの部分だ。シンガポールは政府系企業を通じてインドネシアのバタム・ビンタン・カリムン(BBK)地域で工業団地を整備してきたほか、現在はマレーシア政府と共同でマレーシアに「ジョホール・シンガポール特別経済区(JS-SEZ)」を開発する計画だ。 

日本企業の中にはこの動きを活用し、シンガポールで本社・イノベーション・先端製造といった活動を展開し、BBKやジョホールで補完的な製造活動を行う「ツインニング・モデル」を採用しているところがある。I-PEX(アイペックス)、横河電機、シマノなどだ。 

このモデルによって、サプライチェーン(供給網)の多様化やコストの最適化、市場のニーズに対しより効果的に対応できると考える。 
 

Q:近年は物価高に伴い、地域統括本部をシンガポールに置くことをためらう声も聞かれる。どう受け止めているか。 

A:企業にとってコストは大きな懸念事項だ。しかし、長期的な投資を行う上で考慮すべき要素は他にもある。迅速で円滑な事業の立ち上げ、世界への優れた接続性、透明性が高く信頼できる事業環境、熟練した人材などだ。 

2024 年にシンガポールにグローバル調達ハブを設置したアサヒグループが良い例だろう。原材料や資材、間接材などの調達時にグループ企業間でシナジー(相乗効果)を生み出すことで、年間1億米ドル(約153 億円)の財務的インパクトを目指している。さらに今年9月にはサプライチェーンのイノベーション、強じん性、サステナビリティー(持続可能性)を強化するため、3カ所のCoEを設置した。 

シンガポール政府は昨年と今年の予算などを通じ、企業によるコスト努力、競争力の維持、事業変革の継続を支援している。世界的に事業環境が複雑かつ不透明になる中、われわれはビジネスとイノベーションのエコシステムをさらに強化し、企業にとって確かなパートナーであり続ける。 
 

Q:日本企業によるシンガポールへの投資動向は。 

A:日本からシンガポールへの対外直接投資残高は、2020年の1394 億Sドル(約16 兆4800 億円)から23 年には1810 億Sドルへと拡大した。現在は5200 社以上の日系企業が事業を展開し、シンガポールを世界市場へアクセスするための安定的で戦略的な場所と位置付けている。 
 

Bar chart showing Japan’s foreign direct investment stock in Singapore by industry in 2014, dominated by finance and insurance, followed by wholesale/retail and manufacturing.
Bar chart showing Japan’s foreign direct investment stock in Singapore by industry in 2023, led by finance and insurance, followed by wholesale/retail and transport/logistics.

最近の傾向としては、日本企業はイノベーションやAIなどの新たな成長分野に投資している。 

例えば、パナソニックがプンゴール・デジタル地区(PDD)に設立したAIとロボティクスに特化したイノベーションハブや、鹿島による建築環境分野のオープンイノベーションハブなどが挙げられる。 

IHIやブリヂストンのように、60 年以上にわたりシンガポールで活動している日系企業もある。今年は明電舎が50 周年、キッコーマン40 周年を当地で祝っている。こうしたマイルストーンは、両国の深く息の長い結びつきを反映している。 
 

Q:EDBは日本企業をどう見ているか。 

A:シンガポールにとって日本は重要なパートナーだ。EDBは日本の多国籍企業だけでなく中堅企業や中小企業とも密に連携し、彼らのグローバル展開を支援している。シンガポールなら熟練したグローバル人材を確保できるほか、航空・海運の高い接続性、広範な貿易ネットワーク、周辺地域とのつながりを活用して新市場を開拓したり、事業規模を拡大したりすることができる。 

シンガポールと日本は来年、外交関係樹立60 周年を迎える。これからも日本とともに歩み、持続可能で実り多い未来を築いていきたい。(メールインタビュー=成岡薫子、清水美雪) 
 

Clarence Chua profile image

クラレンス・チュア日本・
韓国地域局長

本稿は、株式会社NNAが2025年11月6日、7日に発行したシンガポール建国60 年・NNAシンガポール法人設立30 年特集記事「イノベーションで先端を行く・都市国家の未来図(1)」と「企業の事業変革を支援・都市国家の未来図(2)」を許諾の上編集し、掲載したものです。(NNAウェブサイト
https://www.nna.jp/) 

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