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シンガポール・日本外交関係樹立60周年―日本企業とシンガポールの深い絆

シンガポール・日本外交関係樹立60周年―日本企業とシンガポールの深い絆

2026年はシンガポールと日本が外交関係を樹立して60年目に当たる。建国当初から現在まで、多くの日本企業がシンガポールの経済に寄与し、共に発展してきた。ここでは、興味深い日本企業とシンガポールとの深い絆の一部を豆知識として紹介する。

The Merlion statue in Singapore spouting water with Marina Bay Sands in the background, alongside a “60 Years Singapore–Japan Diplomatic Relations (1966–2026)” emblem.

荏原製作所

隣国からの水供給を支えるポンプ、マーライオンにも活躍

1962年の水協定に基づき、マレーシアから原水を輸入しているシンガポール。公益事業庁(PUB)が管理するジョホール川水処理施設(JRWW)では、1日最大2億5000万ガロン(約11.4億リットル)を取り込み、処理したうえで国内へ供給している。ここで稼働するポンプの約9割が荏原製作所製であり、その技術が国家の生活基盤を支えている。また、シンガポールの象徴「マーライオン」の噴水にも同社のポンプが採用されている。海水を汲み上げるために特別設計されたポンプが、あの力強い水流を生み出している。
 

川崎重工

シンガポールMRT開業を支えた日本の車両

1987年のMRT開業時、最初の車両を納入したのは川崎重工を中心とする日本企業連合だった。1986年から1989年にかけて366両、さらに1999年から2001年にかけて126両が納入された。同社はその後も車両供給を続け、約30年にわたり納入および保守を通じて、シンガポールの屋台骨である輸送システムの安定稼働を支え続けてきた。2026年2月には、公共交通運営SMRT Corporation Ltdと鉄道車両の技術および保守最適化に関する協力覚書(MOU)を締結し、900両以上の保守を担う予定だ。
 

三菱重工

日本に先行した道路課金システムの導入

シンガポールで車に乗れば目にする電子式道路課金(ERP)システムの車載器は、三菱重工が供給している。同社は1995年、陸上交通局(LTA)からERPシステムを受注し、1998年に世界で初めて本格運用が開始された。日本のETCと類似の仕組みだが、日本に先駆けて実用化されたものである。2007年には非接触型カード対応の車載器を受注し、2016年には衛星測位(GNSS)を活用した次世代ERP(ERP2.0)をシンガポールの現地IT企業と共同で受注した。ERP2.0は2027年1月からの本格運用が予定されている。
 

セイコー

工場開所式には建国の父も出席

セイコーにとって、シンガポールは初の海外生産拠点だ。1976年の工場開所式には故リー・クアンユー元首相が出席。同工場は、ロボット管理を導入した世界初の精密時計工場として当時大きな注目を集めた。リー元首相は後年、日本企業の進出がシンガポールの精密加工産業の礎になったと述懐しており、同社はその象徴といえる。現在もシンガポールのクリーンルーム内の自動ラインで、メカニカルおよびクオーツのムーブメントを生産し続けている。
 

住友化学

ジュロン島の原点となった、日星政府出資の石油化学プロジェクト

現在、世界有数の石油化学ハブとして知られるジュロン島。その出発点となったのが、住友化学が主導した、シンガポール初のエチレンクラッカーを中心とする石油化学コンビナートである。1970年代、日本政府の海外経済協力基金と民間企業が出資し、シンガポール政府との共同プロジェクトとしてPetrochemical Corporation of Singapore(PCS)が設立された。第一次・第二次オイルショックが続く不透明な経済環境の中で始まったこの挑戦は、エチレンを核に関連産業を呼び込み、現在の化学産業集積の礎となった。このプロジェクトを契機として、日本の化学メーカーの進出が進み、シンガポールは石油化学事業の国際展開拠点の一つとなっている。

Illustrated view of colourful high-rise residential buildings with greenery in the foreground, representing urban housing.

画像は生成AIによるものです

竹中工務店

チャンギ空港の発展を支えて半世紀

1974年にシンガポールへ進出した竹中工務店は、1978年のチャンギ空港第1ターミナル建設を皮切りに、ターミナルの新築、大規模改修などを一貫して担当し、空港の発展を長年にわたり支えてきた。特に、1日数百便が離着陸する運用を維持したまま行う改修工事は難易度が高いが、第1・第2ターミナルの拡張改修はいずれも同社が担った。

同社はシンガポールをアジア地域の統括拠点と位置づけ、域内での事業運営を一体化することで、アジア市場における案件対応力の強化にもつなげている。
 


五洋建設

国土の約10%を創出した「埋め立て」の立役者

シンガポールの国土拡張を60年にわたり支えてきたのが五洋建設だ。1964年のジュロン・シップヤードのふ頭工事以来、トゥアス港、チャンギ空港、ジュロン島などの主要プロジェクトの埋め立てに従事。同社が手がけた埋め立て面積は累計66km²に達し、これはシンガポールの総国土面積の約10%、埋め立て総面積の約40%に相当する。現在は海上土木のみならず、都市鉄道(MRT)や高速道路、大型劇場エスプラネードなどの建築物でもそのプレゼンスを示している。
 

清水建設

公団住宅の安定供給に貢献

清水建設は、日本人には馴染み深い高島屋が入る「ニーアンシティー」をはじめ、商業施設や複合開発、改修案件を数多く手掛け、街並み形成に関わってきた。同社の貢献はランドマークに留まらず、公団住宅(HDB)建設にも深く及んでいる。1981年には、日系企業として初めて約1万5000戸に及ぶ大規模なHDBプロジェクトを設計施工で受注した。工期短縮と材料費・労務費の削減のためシンガポールにプレキャスト(PC)工場も設立。この工場はプロジェクト完了後も稼働し、現地の技術者への指導を通じて、シンガポールの住宅安定供給と建設の工業化を大きく前進させた。同社は住宅供給に貢献する一方で、世界中のコントラクターが競い合うシンガポールを、最先端プロジェクトに挑戦できる「成長の場」と位置づけ、自社の技術力向上にもつなげてきた。
 

南洋理工大・大阪大学

日星連携で開発、昆虫サイボーグが人命救助へ

日本の科学技術振興機構(JST)の支援のもと、南洋理工大学(NTU)の日本人研究チームと大阪大学・広島大学が、災害救助用「昆虫サイボーグ」を効率的に操るアルゴリズムを共同開発。さらに、センサーを搭載した小型バックパックを昆虫に装着する工程もAIで自動化し、1匹あたり約1時間から1分強へと短縮することに成功した。2025年3月のミャンマー地震での試験運用を経て、がれきの下の生存者を発見する次世代の救助手段として期待されている。
 

中外製薬

シンガポール生まれの「抗体」が、世界初のグローバル承認薬へ

中外製薬が2012年に設立したシンガポールの創薬研究拠点(Chugai Pharmabody Research)から、画期的な成果が生まれた。同拠点の独自技術によって創製された「抗体」を基に、開発が進められた発作性夜間ヘモグロビン尿症治療薬「ピアスカイ」だ。ピアスカイは自己投与可能な皮下注製剤である点も特徴で、通院負担の軽減など患者の利便性向上が期待されている。

2024年から2025年にかけて、日米欧などで承認を取得。シンガポールの研究拠点が創薬の源流(抗体の発見・創製)を担った医薬品として、主要市場でのグローバル承認を達成した初めての成功事例となった。中外製薬の2025年の売上は、対前年比8%の伸びを記録したが、既存の医薬品の健闘に加えて、ピアスカイの上市も売り上げ増に貢献した。
 


ヤクルト

フルーツフレーバーで広がる現地展開

乳酸菌飲料でおなじみのヤクルトは、1979年にシンガポールに工場を設立し、以来、現地生産の製品を家庭に届けてきた。日本市場とは異なり、シンガポールではグレープ、アップル、オレンジといったフルーツフレーバーが展開されている。近年ではインドネシアや中国でも同様の展開が見られるが、シンガポールは比較的早い段階から導入した市場の一つとされ、現在も複数のフレーバーが販売されている点で特徴的である。
 

日清食品

カップヌードル「ラクサ味」は日本に“逆輸入”

1970年代、シンガポールでの即席麺の現地生産は明星食品によって始まり、2006年に日清食品が同社を子会社化したことで、現在は日清食品グループの事業として展開されている。現地では、ラクサ味などシンガポールの食文化を反映した独自フレーバーが開発・販売され、広く親しまれている。こうした現地発の味や知見は、日本向け商品にも活用されている。海外現地法人との協力で開発された「カップヌードル エスニックシリーズ」の一つとして、2015年に日本で発売された「ラクサ味」は、シンガポールの味を日本向けにアレンジしたものだ。現地の味が日本で商品化された“逆輸入”の好例となっている。

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