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拡大する半導体産業を支える人材をいかに育てるか──シンガポールの取り組み

拡大する半導体産業を支える人材をいかに育てるか──シンガポールの取り組み

シンガポールは現在、高等教育機関での専門教育やインターンシップ、スキル向上プログラムを通じて、半導体産業を支える中核人材となるAIエンジニアや集積回路(IC)設計者、プロセスエンジニア、故障解析の専門家といった多様な人材の体系的な育成を進めている。こうした人材政策は、拡大を続ける半導体産業の基盤を支えるとともに、若手人材の継続的な供給体制を構築することで、産業の持続的な発展にもつながる。

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成長続く半導体産業と人材確保の課題

シンガポールは、半導体のグローバルサプライチェーンにおける重要な拠点の一つとなっており、世界の半導体チップ生産のおよそ10分の1、半導体製造装置生産の5分の1を担う。現在、シンガポールの半導体産業は国内総生産(GDP)の約6%を占め、3万5,000人以上がこの分野に従事している。

人工知能(AI)や5G、デジタル化といったテクノロジーの発達により、半導体業界全体の市場規模は2030年までに1兆米ドル(約144兆円)に達する見通しであり、半導体人材への需要は今後さらに高まると予測されている。

 

人材政策を通じて産業成長を支援

こうした状況を踏まえ、人材開発省(MOM)は2024年12月、半導体エンジニア、計測機器エンジニア、プロセスエンジニアの3職種を、人材不足職種リスト「Shortage Occupation List:SOL」に追加した。これは、半導体業界が直面している人材不足やスキルギャップに迅速に対応するための措置である。

SOLは、MOMと貿易産業省(MTI)が、経済開発庁(EDB)などの関連機関や、政府・労働者代表・雇用主3者からなる「tripartite partners」と協議したうえで策定しており、1)シンガポールの経済戦略における職種の重要性、2)人材不足の度合いおよび性質、3)該当業界による国内人材育成への取り組み姿勢の3つの基準に照らし、職種の選定が行われる。

外国人労働者のビザ発給に関する評価制度「Complementarity Assessment Framework:COMPASS」において、SOLに指定された職種に就く候補者に対し追加ポイントが付与されるため、企業は重要なスキルを持つ外国人材をより採用しやすくなる。

MOMの担当者は、シンガポールのビジネス媒体の取材に対し、「SOLは柔軟性のあるリストであり、労働市場の変化に迅速に対応できるよう、MOMとMTIによって定期的に改訂されている」と説明している。
 

Skyline view of Singapore’s Central Business District featuring modern high-rise office buildings and iconic architecture under a clear blue sky, with the Fullerton Hotel and waterfront promenade in the foreground.

産業の成長を支える人材育成

シンガポールの半導体エコシステムは、IC設計からウェーハ製造、パッケージング、テスト、さらにはそれらを支えるインフラに至るまで、バリューチェーン全体を網羅している。

国内には、アメリカのApplied MaterialsやGlobalFoundries、ドイツのInfineon Technologiesなどの半導体製造装置の世界的大手が拠点を構えるほか、ASE GroupやSTATS ChipPACといった主要なOSAT(組み立てやテストサービスのアウトソース企業)も業務を展開しており、シンガポールは最先端の半導体ソリューションを一括して提供できるハブとなっている。

過去2年間で、半導体の製造および研究開発への投資として、180億SGD(約1兆9,400億円)超がシンガポールに集まっており、アメリカのMicron Technology 、オランダのNXP Semiconductors 、台湾のアウトソース企業Vanguard International Semiconductor Corporation、アメリカのPall Corporation、ドイツのSiltronicといった素材メーカーなど業界大手が新拠点の設立や設備拡張を発表、実施している。

そうした流れを受け、シンガポールではIC設計やマイクロチップ工学といった分野の人材の需要が高まり、これに対応するため、政府機関やグローバル半導体企業、国内の高等教育機関(IHLs)、業界の主要パートナーが連携し、持続可能な人材パイプラインの構築に取り組んでいる。その主な内容は以下の通り。
 

  • 公立技術専門学校との連携

2023年、Micronはシンガポール国内の5つのポリテクニック(公立技術専門学校)とMoU(覚書)を締結。インターンシップ、奨学金、業界体験の機会を提供し、学生が先端的半導体製造の現場で実践的な経験を積めるよう支援している。

  • 実務教育機関との協定

2024年には、実践的な職業教育と技術訓練を提供する公的教育機 関である技 術 教 育研 究 所(ITE)が GlobalFoundries、Micron、スイスの半導体大手STMicroelectronicsおよびシンガポ ール科学技術研究庁(A*STAR)傘下のInstitute of Microelectronics(IME)とMoUを締結。学生のインターンシップや教職員の実地研修、共同プロジェクトを通じて実践的な学びを提供している。また今年初めには、SiltronicおよびVanguardともMoUを締結し、マイクロエレクトロニクス分野での人材育成と訓練体制の強化を図っている。

  • キャリア転換支援と学生向けプログラム

EDBは奨学金制度である「Singapore Industry Scholarships(SgIS)や 、専門的なスキルを習得するためのプログラム「Industry Postgraduate Programme(IPP)」などを通じて企業と連携し、若者の業界参入を促している。また、中途採用の専門職従事者を対象とした就職前研修やキャリア転換プログラムも、学生支援活動と並行して実施している。

  • IC設計キャンプの実施

アメリカの半導体企業AMDは、シンガポール半導体産業協会(Singapore Semiconductor Industry Association:SSIA)と協力し、大学生向けにICの設計技術を学ぶための集中トレーニングプログラムであるIC design campを開催。現場で活躍するエンジニアによる指導や実践的な体験を通じて、設計スキルを養う機会を与えている。

  • 次世代AIエンジニアの育成

南洋理工大学(NTU)とAMDが共同で運営する「NTU-AMD Data Science and AI Lab」では、ウェーハ製造、IC設計、AIの応用に対応できるエンジニアの育成に取り組んでいる。

 

若手人材の継続的な供給体制の確保

「高度な専門性を持つ多くの人材を国内のみで育成するには時間がかかる」といわれるなか、シンガポールではすでに、次世代の半導体プロフェッショナルを育成する取り組みが着実に進められている。

シンガポール工科大学(SIT)の准教授で電気電子工学プログラムの責任者を務めるニラカンタム・ヴェンカタラヤル(Neelakantam Venkatarayalu)氏は、「半導体関連のコースに対する学生の関心が高まっている」と、シンガポールのビジネス媒体のインタビューで述べている。

また、シンガポール国立大学(NUS)の担当者も、「高度電子工学などの専門分野を含む半導体関連の専攻に関心を寄せる学生が増えている」と、同様の傾向を報告している。

なお、SITでは2022年から2024年の間に工学系の学部入学者数が約19%増加しており、なかでも半導体関連のコースは人気が高く、1枠あたり3人の応募者がいる状況だという。

NUSでも同様に半導体製造、チップ製造、IC設計などの先端エレクトロニクスを専門 的に学ぶことが でき、大 学 院 課 程ではGlobalFoundries、STATS ChipPAC、IMEなどの企業や研究機関でのインターンシップの機会も用意されている。

またNTUも、業界大手企業との連携を通じて、IC設計、故障解析、プロセスエンジニアリングなどの職務に対応できる人材を育成しており、大手企業でのインターンシップを通じて実務経験を積む機会を提供している。
 

*1米ドル=約144円、1シンガポールドル(SGD)=約108円(2025年4月10日時点)
 

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