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日本企業の“次の一手”──アジアの先進製造ハブとしてのシンガポールの価値

日本企業の“次の一手”──アジアの先進製造ハブとしてのシンガポールの価値

2030年までに製造業の付加価値を50%向上させるという国家目標を掲げ、シンガポールは製造エコシステムの高度化を加速させている。精密工業、ロボティクス技術、積層造形技術といった先進的な分野でグローバル企業の集積が進み、日本の製造業企業にとっても競争力強化とアジア市場展開の可能性を広げる基盤が整う。


ベドックにあるコリンズ・エアロスペースの工場。技術者が航空機部品の整備を行う傍ら、最大80kgの部品を運ぶ自動ロボットアームが活躍している

ベドックにあるコリンズ・エアロスペースの工場。技術者が航空機部品の整備を行う傍ら、最大80kgの部品を運ぶ自動ロボットアームが活躍している

アジアの先進製造の中心地の一つ、シンガポール
 

製造業はシンガポール経済を支える最大の柱である。2024年には、国内総生産(GDP)のうちおよそ3分の1(4,236億SGD、約45兆7,488億円)を占めており、2030年までに製造業の付加価値を50%増加させる計画も進行中だ。 

シンガポールは先進製造技術とイノベーションの分野で世界をリードする拠点となることを目指している。日本の製造業企業に対しても、戦略的な立地、統合されたバリューチェーン・エコシステムという独自の魅力を提供している。
 

シンガポールでは何が製造されているのか

シンガポールの製造業は戦略的に多角化が図られており、総生産のうちエレクトロニクスが41.9%と最も大きな割合を占め、石油・精密化学(22.9%)、精密工業(12.2%)、運送機械工学(8.6%)と続いている。

特に、世界の半導体製造装置の20%がシンガポールで生産されており、アメリカの半導体製造装置大手であるApplied MaterialsやKLAもシンガポールに最大規模の製造拠点を構えている。
 

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スポーツ自転車のギアや変速機などの部品を製造するシマノは、この分野で世界市場の約85%という圧倒的なシェアを誇る。そして、シンガポールはシマノの中級コンポーネントの生産量のおよそ70%を占めている。なお、同社はAIやIoTなどのデジタル技術を活用した製造R&D拠点「未来の工場(Factory of the Future)」の開設に約200億円を投資。島野容三会長は「この工場は、今後のシマノ海外工場の旗艦拠点となる」と述べている。
 


統合型バリューチェーンの優位性

シンガポールの製造業エコシステムは、統合されたバリューチェーン機能を持ち、これが大きな強みの一つとなっている。国内には3,000社以上の精密工業関連企業が存在し、さらに世界の電子機器受託製造サービス企業トップ10のうち5社が進出し、包括的な製造バリューチェーンが構築されている。同時に、シンガポールの活気あるエコシステムによって、製品開発から市場拡大に至るまで、バリューチェーンのさまざまな段階におけるパートナーシップが可能となっており、政府による多様な支援がそれを後押ししている。

こうした連携体制が整うシンガポールでは、サプライチェーンの強靭性が高まり、国際輸送への依存度の低減、在庫管理の効率化、生産変動への迅速な対応が可能となっている。
 

オムロンはシンガポールに1,350万SGD(約14億5,800万円)を投じてオートメーションセンタの設立などを行った。この施設はR&Dハブとしても機能し、先進的なAI、IoT、ロボティクス技術の活用を探求することに特化した、オムロン初の専用センターとして位置づけられている。また、シンガポール経済開発庁(EDB)の支援を受け、シンガポールの自動化技術企業CLEMVISIONとの新たなソリューションの共同開発にも取り組んでいる。

さらに、搬送技術を専門とする日本のスタートアップ企業Doogも、シンガポールの航空サービス大手SATSを主要顧客に持ち、同国市場で成果を上げている。シンガポール拠点は、同社が開発した新たな応用技術の実証拠点としても機能している。
 

HPの生産ラインの様子。コンベヤーに取り付けられた高性能カメラ付き顕微鏡を使って製品の品質検査が行われている。製品を取り外すことなく検査できるため、汚染リスクを最小限に抑えられる

HPの生産ラインの様子。コンベヤーに取り付けられた高性能カメラ付き顕微鏡を使って製品の品質検査が行われている。製品を取り外すことなく検査できるため、汚染リスクを最小限に抑えられる

精密工業における卓越性と中核技術

シンガポールの精密工業分野は、半導体製造装置(全体の34%)、試験・計測システム(15%)、レーザーおよび光学(7%)などの領域で高い競争力を有している。これらは、日本が伝統的に強みを持つ高精度製造や先端材料と親和性が高く、日本企業の新たなビジネス機会を生み出している。
 

1. レーザーおよび光学

シンガポールは、レーザーや光学技術の需要を支えるライフサイエンス機器や半導体製造装置の一大生産拠点となっている。レーザーおよび光学技術関連の世界市場は年平均5~8%の成長が見込まれており、ライカ、ニコン、ESIなどの大手部品・装置メーカーやエンドユーザー企業が既にシンガポールに拠点を構えている。
 

2. ロボティクス

シンガポールの堅固なロボティクス・エコシステムは、生産性向上やグローバル競争力の強化を後押ししている。ファナックや安川電機などの製品メーカーをはじめ、三菱電機、村田機械などの自動化関連企業、さらにロボットOEM企業、現地のロボティクス企業やスタートアップも多数存在し、企業はサプライヤー、パートナー、また、エンドユーザーに近接した環境でビジネスを展開できる。さらに、製造業、物流、医療、環境分野向けの産業用・サービス用ロボティクスの技術基盤を整備しており、協働ロボット、自律移動ロボット、産業用途向けロボットに特化した研究開発センターがロボット開発を支援している。
 

3. 産業用オートメーションとAI

2030年までに製造業の付加価値を50%引き上げるという国家目標に関し、産業用オートメーションはその実現を支える重要な推進力である。この目標達成に向け、シンガポールは先進的な自動化ソリューションの開発・導入を進める企業に対し積極的に支援を行っている。例えば、シンガポール科学技術研究庁(A*STAR)のAdvanced Remanufacturing and Technology Centre(ARTC)は、スマー トセンサー、産業用AIの統合、インダストリアルIoT(IIoT)など、産業用オー トメーションにおける国家的なイノベーション拠点として機能している。
 

4. アディティブ・マニュファクチャリング(積層造形)

シンガポールにはアディティブ・マニュファクチャリングの分野において、機械メーカー、材料供給業者、受託加工会社に加え、TÜV SÜDやULといった安全性・品質・性能などを評価・認証する第三者機関も集結しており、バリューチェーン全体を網羅する包括的なエコシステムが構築されている。

 

地域市場向け製品の開発

シンガポールの活気あるエコシステムは、企業がアジア太平洋地域市場向けの製品を開発する場として活用されている。これには、研究機関や大学、公的な実証実験の機会、技術検証を行うリビングラボ(実際の生活環境の中で新しい製品やサービスを開発・実証する仕組み)環境などが含まれている。
 


専門的な研究機能と支援体制

 

シンガポールの国立研究機関であるA*STARは、以下のような専門分野に特化した研究所を擁している。

  • 人工知能(AI):Institute of High Performance Computing(IHPC)
  • 自動化:ARTCおよびSingapore Institute of Manufacturing Technology(SIMTech)
  • 機械知能やロボティクス実証:Institute for Infocomm Research(I2R)

さらに、以下のような国家主導の産業支援プラットフォームが各分野の産業発展を後押ししている。

  • レーザーおよび光学分野:LUX Photonics Consortium
  • ロボティクス分野:National Robotics Programme
  • 積層造形分野:National Additive Manufacturing Innovation Cluster(NAMIC)

NAMICはこれまでに550件のプロジェクトを立ち上げ、5,800社以上の企業と連携している。その成果は航空宇宙(7万点超の積層造形部品の実機導入)、海事(5万点超のスペアパーツ)、医療(225種以上のデバイスが認可)などさまざまな分野に広がっている。
 

実証実験によるソリューション検証

先進国と新興国の両方の特性を併せ持つアジア市場に近接し、かつ高度な市場環境を備えるシンガポールは、地域展開に向けたテストベッドとして最適な拠点である。以下のようなテストベッドやリビングラボにおいて、企業は新技術の検証を進めている。

  • スマートシティ向けのSmart Urban Co-Innovation Lab
  • 海事分野のドローン技術開発を行うMaritime Drone Estate
  • 5G航空技術や医療機器技術の検証を行うチャンギ空港周辺の各種テストベッド
  • Punggol Digital DistrictやJurong Innovation Districtなどのリビングラボ
     
Jurong Innovation District

Jurong Innovation District

EDBより

技術力、戦略的な立地、強固な知的財産保護、統合されたバリューチェーンを併せ持つシンガポールは、日本の製造業の強みを生かすのに理想的な環境です。

シンガポール政府は、産業転換イニシアチブ、研究開発資金、人材育成、インフラ支援などを通じ、製造業のイノベーションを積極的に後押ししています。製造拠点としての展開をご検討の際は、ぜひEDBへご相談ください。
 

*1SGD=約108円(2025年4月10日時点)
 

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