投資家が示すシンガポールの評価
本指数では、検討先となる各市場の「投資判断を最も大きく左右する2つの要因は」という具体的な設問を設けている。シンガポールに関する回答からは、単一の決定的な強みではなく、多岐にわたる優位性が複合的に作用していることがうかがえる。
投資家がシンガポールを選ぶ最大の理由として、34%が「技術革新」を挙げた。続く「経済実績(30%)」は、バイオメディカル製造、エレクトロニクス、AI需要による半導体・サーバー関連産業の継続的な成長を背景としている。他にも「事業のしやすさ」が28%、「人材」が26%、「透明性が高く腐敗度の低いガバナンス(統治)」は25%だった。
特筆すべきは、上記の要素のバランスだ。シンガポールの魅力は、それぞれの要素が相互補完している点にある。安定した規制環境のもとで機能するイノベーション・エコシステムを、高度な人材基盤と効率的な事業プロセスが支えている。世界の投資家の84%が産業政策を意思決定上の重要要因とし、79%が頻繁な政策変更による不確実性を課題として挙げる今、こうした一貫性は一段と重要性を増している。
技術革新も投資判断の中心的要素になりつつある。指数全体でも、技術革新は規制の効率性や国内経済の実績を上回り、最も重要な評価項目となっている。投資家は、ランクインした25市場のうちシンガポールを含む10市場で、技術革新を投資判断の最大要因、あるいは同率首位の要因として挙げている。これは、投資先としての魅力を左右する要因が構造的に変化していることを示すもので、シンガポールはこの変化を見据え、長年にわたり体制整備を進めてきた。
アジアが一体となって台頭する背景
シンガポールの躍進は、アジア全体で起きている再編の一端だ。今年の本指数に見られるアジアへのシフトは、特定の市場の動向ではなく、複数の要因が重なり合った結果だ。
その背景の一つに地政学的要因がある。投資家は、今後1年間で発生する可能性が最も高い世界的な変化に、地政学的緊張の高まりを挙げている。こうした状況の中で、A.T. カーニーが「中堅国(middle powers)」と呼ぶ国々の重要性が高まっている。これらの市場は、既存の国際秩序のもとで機能し、中立で、企業が二者択一的な陣営選択を迫られることなく地域展開を進められる環境を提供している。シンガポールは、日本やサウジアラビアと並び、こうした特性を備えた市場の一つである。
もう一つの背景は構造的変化にある。アジアの新興国への投資は一段と集中し、2024年のASEAN向け海外直接投資(FDI)は約2250億米ドルに達した。サプライチェーンの多様化も変容している。企業は既存の市場から移転するのではなく、事業モデルに選択肢を組み込み、複数の経路を持つことで、混乱や変化に柔軟に対応できる体制を構築している。
こうした大きな変化の中で、シンガポールは、戦略的な接続性と、ジョホール・シンガポール経済特区(JS-SEZ)やインドネシアのバタム・ビンタン・カリムン(BBK)地域との連携を通じて、域内展開の起点としての役割を果たしている。Orbis Crossborder Investment Databaseによれば、シンガポールはアジアで最も選ばれている地域統括拠点の設置先となっている。この優位性は頭打ちになるどころか、さらに拡大し続けている。
信頼を支えるエコシステム
ランキングは往々にして、その根底にある条件を反映する。シンガポールで投資家が長期的な視点で資本を投じようとする意欲は、企業活動を支える広範なエコシステムが継続的に発展していることを示している。
2025年の実績は、その状況をよく示している。固定資産投資のコミットメント額は142億シンガポールドル、年間総事業支出は89億シンガポールドルとなり、いずれも前年を上回った。これらの投資は、将来的に約1万5700人の雇用創出と、年間180億シンガポールドルの付加価値を生み出すと見込まれている。
個別の投資事例からも、こうした信頼の深さが見て取れる。テクセンドフォトマスクのシンガポール新工場の設立、アルコンのシンガポール進出20周年を機としたトゥアス製造拠点の拡張、さらに中国スポーツ用品メーカー安踏体育用品(アンタ)のシンガポールの地域拠点を活用した東南アジア1000店舗展開計画は、いずれも短期的な判断ではない。シンガポールのイノベーション創出力、製造エコシステム、そして地域成長への戦略的ゲートウエーとしての役割に対する長期的な見通しに基づく決断だ。
こうしたコミットメントは、政府の戦略的な取り組みによって支えられている。2024年以降、シンガポールでは70を超えるAIセンター・オブ・エクセレンス(AI CoE)が整備され、企業のAI導入を推進する施策も進められている。また「研究・イノベーション・企業(RIE)2030計画」を通じて研究とイノベーションへの長期的な投資を継続しており、プレシジョンメディシン、バイオメディカル・サイエンス、先端製造などの分野で国家としての能力強化が進められている。
その基盤となるデジタルインフラも重要な役割を果たしている。現在、デジタル経済はGDPの約18%を占め、公的機関による長期的な能力強化の取り組みが成果として表れている。こうした進展は、A.T. カーニーのグローバル都市調査をはじめとする国際的な評価指標にも反映されている。シンガポールはトップ5入りを果たし、将来性評価でも大きく順位を伸ばした。
成熟した投資先として、シンガポールの次の競争力は、差別化された優位性を築ける領域、特に技術革新から生まれると考えられる。天然資源などの構造的制約を踏まえると、AI、半導体、先端製造、サステナビリティ関連分野の能力強化に大きな機会がある。シンガポールはすでに強固な基盤を備え、アジア太平洋地域の成長を支える、信頼性が高いイノベーション拠点としての役割をさらに強化できる優位な立場にある。
これらの動きを総合すると、長期的な競争力、イノベーション、そしてレジリエンスを重視する広範な戦略が浮かび上がる。今年、投資家はその価値をこれまで以上に明確に評価しているようだ。